03.婚約破棄のその次は

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03.婚約破棄のその次は

「シャルル様が婚約を破棄されたのなら仕方がありません。私にどうこうできるはずもありませんし、受け入れますわ」 「レティシア……」  お母様が再びその瞳に涙を浮かべる。私は静かに首を横に振り、微笑みを返した。  お母様が私を哀れに思われるのはわかるけれど、貴族の婚姻というものは基本的に政略結婚だ。  私はシャルル様の婚約者だったけれど、それはそう決められたからであって、特に愛情があったわけではない。もちろん、親愛の情くらいはあったけれど。  だから、一方的に婚約破棄されたとはいえ、シャルル様を恨んだり悲しんだりはしない。驚きはしたけれど、正直に言うと「あぁ、そうなんですね」という、なんとも淡々としたものなのだ。  ただ、これからのことを考えると、やっぱり婚約が正式に成立する前に言ってほしかった。今の私の気持ちはこれだけだ。  お母様とは対照的ともいえる私の表情に、お父様は複雑な顔をされている。お母様のように取り乱すことなく冷静でいることへの安堵、でもその冷静すぎる態度に心配もしているのだろう。  私は、そんなお父様に笑みを浮かべながら言った。 「お父様、私は大丈夫です。でも、お父様は私が本当に大丈夫であることについてもご心配されているのでしょう?」 「あ、あぁ」  お父様が苦虫を噛み潰したような顔でそう答える。  私は周りから「冷静でしっかり者」だとよく言われる。しかしそれは言い換えると「可愛げがない」とも言える。そういう娘は男性から嫌厭されがちだ。カリーヌからもいつもそう言われていて、私も気をつけてはいるのだけれど、生まれ持った性格はどうにも変えようがない。  シャルル様は、私が普通の令嬢ではないことはもちろんだけれど、たぶんこういうところもお嫌だったのだろう。シャルル様はどちらかといえば、妹のマリアンヌの方を気に入っていたようだし。  マリアンヌは私の目から見ても愛らしい。表情がくるくる変わって、いつだって笑顔で明るくて可愛い。マリアンヌは私の自慢の妹なのだ。  もしかすると、シャルル様はマリアンヌを次の婚約者にと考えていらっしゃるのだろうか。マリアンヌには、自由に恋愛をさせてあげたかったのだけれど。  私がそんなことをつらつらと考えていると、お父様が再び私の名前を呼んだ。 「レティシア」 「はい」  なんだろう? お父様の眉間に皺が寄っている。まだ他にもあるのだろうか。  やがて、お父様は覚悟を決めたようにこうおっしゃった。 「婚約破棄と同時に、お前の嫁ぎ先が決まったのだ」 「嫁ぎ……先?」  これには、さすがの私も冷静ではいられなかった。目を丸くしながら、お父様を食い入るように見つめる。  嫁ぎ先? え? 今、婚約破棄の話をしていたのに?  頭が混乱する。  婚約破棄と婚姻の話が同時なんて、そんなことありえる!? 「あの……お父様、申し訳ございません。私、何がなんだか……」  よくわかりません、と続けようとした私の言葉が、お父様によって遮られた。 「レティシア、我が国最大の領地を有する北の大公、エルキュール・リバレイ様の元へ、どうか嫁いではくれないだろうか」  え、え、ええええええーーーー!?  もちろん声には出さない。えぇ、出しませんとも。  でも、心の中では思い切りそう叫んだ。  王のご子息に婚約破棄をされたその次は、王弟の忘れ形見、つまりはシャルル様のいとこということになるのだけれど、そのお方と婚姻!?  ある意味、これも王家との婚姻といえるけれど。それにしたって。  あまりの出来事に、私は目を見開いたまま呆然としてしまったのだった。
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