1650人が本棚に入れています
本棚に追加
25.誘拐の実行者
いきなりバタンと扉が開いた。差し込む光に私は目を細める。
「おや、ようやくお目覚めですか」
「んーんーんーっ!」
「黙れ、お前に言ってるんじゃない」
中に入ってきた男が何者かも気になるけれど、それより、くぐもった声の主だ。一緒の部屋に閉じ込められていたというのに、暗くて気付かなかった。
背後を振り返ると、私がいる場所とは反対側の奥に、小さな子どもがいた。その子は口に布が巻かれているため、話すことができないのだ。
あの子はいったい……。いくつくらいだろうか。顔がはっきり見えないので何とも言えないけれど、身体の大きさからすると、まだ五、六歳というところか。
「ううっ……」
男に黙れと凄まれたことで、その子は泣きだしてしまった。
「泣かないで。大丈夫よ、今そっちに行くわ」
私は怯えさせないよう、優しく声をかける。
手足は縛られているけれど、あの子のところまで這えば行けなくもない。でもその前に、男に止められてしまった。
「おっと。聖女様は大事に扱わなきゃいけないんでな、俺に手を出させないでくれよ」
男は私に近寄り、頤に手をかけて凄んでくる。
距離の近さにぐっと詰まるものの、これはチャンスとばかりに私は男の顔を脳裏に焼き付けた。絶対に忘れるものか。
「いい目だ。さすが “戦う聖女” と名高い、レティシア・ブラン嬢。他国に売り飛ばすのはもったいないな」
「お言葉ですが、間違えないでいただきたいわ。私の名前は、レティシア・リバレイ。リバレイ領領主、エルキュール・リバレイの妻です」
誰だか知らないけれど、ここは正しておきたい。この男、私が結婚したことを知らないのだろうか。
クラウディア国の人間なら知らないはずはない。とすると、他国の人間なのか。でもさっき、他国に売り飛ばすのはもったいないと言った。
私は頤にかけられた手を振り払うように、大きく頭を振った。
「あの子は誰? そしてあなたは何者なの? こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうね?」
男に負けじと、私も凄んでみせる。すると男は喉を鳴らし、しまいには声をあげて笑い出した。
「あっはっはっは! いいな、すげぇいい。やっぱり、他国に売るのはやめだ」
「頭! その女を他国に売り飛ばして、大金をせしめるんじゃないんですか!」
もう一つの部屋から別の男が入ってくる。文句を言っている男と、黙って立っている男の二人だ。感覚的に、ここはそれほど広い場所じゃないと思うので、敵は男三人と見た。
たった三人で私の誘拐を企て、実行したというのだろうか。この後、どうなるかがわからないほど、素人ではないと思うのだけど。
「答えなさい。あの子は誰? あんな小さな子にひどいことをして、恥ずかしくないの!?」
私が声を荒らげると、頭と呼ばれた男はあの子の元へ行き、その身に触れようとした。
「やめなさいっ!」
「落ち着けって。こいつをあんたのところへ連れて行くだけだ」
男はそう言うと、子どもをひょいと持ち上げ、スタスタと歩いてくる。そして、私の目の前に下ろした。
「あなたは……」
女の子だった。大きな丸い瞳が可愛らしい、あどけない少女だ。少女はその瞳を潤ませ、私をじっと見上げた。
「泣かないで。……こんなところに閉じ込められて、怖かったでしょう? でも、もう大丈夫よ。あなたはじきにお父様やお母様の元に帰れるわ」
「ううう……」
苦しそうな泣き声に、怒りが込み上げてくる。
私は男に、彼女の解放を訴えた。
「この子の布と縄を解いて。攫ってどれくらいかわからないけれど、食事は与えているんでしょうね? この子を今すぐ自由にして、一刻も早くご両親の元へ帰してあげて!」
すると、先ほど頭に反論していた男が、目を吊り上げてがなりだした。
「さっきから聞いてりゃ偉そうに! 貴族様がそんなに偉いのか! お前らは偉そうにふんぞり返って命令してりゃ、皆が言うことを聞くと思ってんだろう? ふざけるな! 誰がっ……」
「黙れ」
「頭っ! でもあの女が……」
「黙れと言っている。聞こえなかったか?」
「……っ」
頭は眉一つ動かさず、淡々と言っただけだ。なのに、この場が一気に緊張する。
怒鳴っていた男は黙り込み、もう一人の男に肩を叩かれていた。
頭の命令には絶対服従。ということは、残念ながら、やはり彼らは暗殺組織の人間なのだろう。
そう結論づけた私は、現状を憂うようにそっと静かに目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!