25.誘拐の実行者

1/1
前へ
/89ページ
次へ

25.誘拐の実行者

 いきなりバタンと扉が開いた。差し込む光に私は目を細める。 「おや、ようやくお目覚めですか」 「んーんーんーっ!」 「黙れ、お前に言ってるんじゃない」  中に入ってきた男が何者かも気になるけれど、それより、くぐもった声の主だ。一緒の部屋に閉じ込められていたというのに、暗くて気付かなかった。  背後を振り返ると、私がいる場所とは反対側の奥に、小さな子どもがいた。その子は口に布が巻かれているため、話すことができないのだ。  あの子はいったい……。いくつくらいだろうか。顔がはっきり見えないので何とも言えないけれど、身体の大きさからすると、まだ五、六歳というところか。 「ううっ……」  男に黙れと凄まれたことで、その子は泣きだしてしまった。 「泣かないで。大丈夫よ、今そっちに行くわ」  私は怯えさせないよう、優しく声をかける。  手足は縛られているけれど、あの子のところまで這えば行けなくもない。でもその前に、男に止められてしまった。 「おっと。聖女様は大事に扱わなきゃいけないんでな、俺に手を出させないでくれよ」  男は私に近寄り、頤に手をかけて凄んでくる。  距離の近さにぐっと詰まるものの、これはチャンスとばかりに私は男の顔を脳裏に焼き付けた。絶対に忘れるものか。 「いい目だ。さすが “戦う聖女” と名高い、レティシア・ブラン嬢。他国に売り飛ばすのはもったいないな」 「お言葉ですが、間違えないでいただきたいわ。私の名前は、レティシア・リバレイ。リバレイ領領主、エルキュール・リバレイの妻です」  誰だか知らないけれど、ここは正しておきたい。この男、私が結婚したことを知らないのだろうか。  クラウディア国の人間なら知らないはずはない。とすると、他国の人間なのか。でもさっき、他国に売り飛ばすのはもったいないと言った。  私は頤にかけられた手を振り払うように、大きく頭を振った。 「あの子は誰? そしてあなたは何者なの? こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうね?」  男に負けじと、私も凄んでみせる。すると男は喉を鳴らし、しまいには声をあげて笑い出した。 「あっはっはっは! いいな、すげぇいい。やっぱり、他国に売るのはやめだ」 「(かしら)! その女を他国に売り飛ばして、大金をせしめるんじゃないんですか!」  もう一つの部屋から別の男が入ってくる。文句を言っている男と、黙って立っている男の二人だ。感覚的に、ここはそれほど広い場所じゃないと思うので、敵は男三人と見た。  たった三人で私の誘拐を企て、実行したというのだろうか。この後、どうなるかがわからないほど、素人ではないと思うのだけど。 「答えなさい。あの子は誰? あんな小さな子にひどいことをして、恥ずかしくないの!?」  私が声を荒らげると、頭と呼ばれた男はあの子の元へ行き、その身に触れようとした。 「やめなさいっ!」 「落ち着けって。こいつをあんたのところへ連れて行くだけだ」  男はそう言うと、子どもをひょいと持ち上げ、スタスタと歩いてくる。そして、私の目の前に下ろした。 「あなたは……」  女の子だった。大きな丸い瞳が可愛らしい、あどけない少女だ。少女はその瞳を潤ませ、私をじっと見上げた。 「泣かないで。……こんなところに閉じ込められて、怖かったでしょう? でも、もう大丈夫よ。あなたはじきにお父様やお母様の元に帰れるわ」 「ううう……」  苦しそうな泣き声に、怒りが込み上げてくる。  私は男に、彼女の解放を訴えた。 「この子の布と縄を解いて。攫ってどれくらいかわからないけれど、食事は与えているんでしょうね? この子を今すぐ自由にして、一刻も早くご両親の元へ帰してあげて!」  すると、先ほど頭に反論していた男が、目を吊り上げてがなりだした。 「さっきから聞いてりゃ偉そうに! 貴族様がそんなに偉いのか! お前らは偉そうにふんぞり返って命令してりゃ、皆が言うことを聞くと思ってんだろう? ふざけるな! 誰がっ……」 「黙れ」 「頭っ! でもあの女が……」 「黙れと言っている。聞こえなかったか?」 「……っ」  頭は眉一つ動かさず、淡々と言っただけだ。なのに、この場が一気に緊張する。  怒鳴っていた男は黙り込み、もう一人の男に肩を叩かれていた。  頭の命令には絶対服従。ということは、残念ながら、やはり彼らは暗殺組織の人間なのだろう。  そう結論づけた私は、現状を憂うようにそっと静かに目を閉じた。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1650人が本棚に入れています
本棚に追加