27.第四の男

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27.第四の男

「返事は? ……まぁ、もう決まっているようなものだな」  カミルはそう言って、顔を近づけてくる。  私は必死に逃げようとするけれど、手足の縄が邪魔をして動けない。 「やめてっ!」  顔を背けようとする私の頭を押さえ、カミルが自分の顔を傾ける。  嫌だ! このままじゃ、私はこの得体の知れない男に……っ!  あとほんの少しで互いの唇が触れるという刹那、向こうの部屋からカミルを呼ぶ声がした。 「チッ」  カミルは忌々しげに舌打ちし、振り返る。そこには、無表情だったあの男が立っていた。 「スード、邪魔をするな」 「すみません。ですが緊急ですので」  これまで無言だった男が初めて言葉を発した。  低くてボソボソとした声だったので聞きづらいけれど、緊急という言葉だけは聞き取れた。  カミルは仕方なく立ち上がる。 「戻ってくるまでに覚悟を決めておけ」  カミルはそう言い置いて、向こうの部屋へ行ってしまった。  間一髪だった。何があったのかわからないけれど、とにかく助かった。 「うーっ」  呻き声の方を見遣ると、ルナが縋るような視線を向けている。  私はルナに向かって微笑み、床に寝てくるくると転がる。こうやって移動するのが一番早い。そして、ようやくルナの近くまで行くことができた。 「あなたはルナよね?」  改めて確認すると、ルナはコクリと頷く。  心細そうな表情。よく見ると、大きな瞳は真っ赤に腫れていて、頬には雫が伝った跡がいくつも見られた。  こんなところにたった一人閉じ込められて、怖くなかったはずがない。両親から引き離され、怖くて不安でどうしようもなくて。きっと、ずっと泣いていたのだろう。それを思うと胸が締め付けられた。 「ルナ、あなたを抱きしめてあげたい。でも、私もこんな状態だから……」  私はルナを気遣いながら、ゆっくりと顔を近づけ、コツンと額を合わせる。 「大丈夫、大丈夫よ。ルナは絶対に助けるから」 「うー……」  ルナの瞳から涙が溢れ出る。そしてルナは、自分から私にくっついてきた。その甘えるような仕草に、ルナが愛おしくてたまらなくなる。  ルナを助けたい。  私は向こうの部屋の様子を窺う。話し声がするけれど、よく聞こえない。でもまだカミルが戻ってこないところをみると、対応に手こずっているのかもしれない。  敵は男三人。いずれも手練れだろう。怒鳴り散らしていた男だけなら何とかなったかもしれないけれど、カミルとスードと呼ばれた男は厳しそうだ。とにかく隙がない。  こんな状況の中、ルナを安全に救い出す術はたった一つ。  私が、カミルのものになる……?  大きく頭を振る。そんなこと、ほんの少し考えただけで寒気がする。心が引き裂かれて、どうにかなってしまいそうだ。  ここにはいない、誰よりも大切な(ひと)の顔が頭を過り、その名を叫びたくなる。  ──エル! 「ガキを親元に帰しておいてくれ……って、ちょっと目を離した隙にそんなところまで」  いつの間にかこっちの部屋に戻ってきたカミルが、ルナの側にいる私を見て呆れている。  私はカミルを見た瞬間、身体を強張らせる。いや、正確にはカミルではなく、その隣に立っていた男を見て、だ。  その男は暗殺組織の人間ではなかった。見た目からして明らかに違う。  身なりがよく、立ち姿からして洗練されている。この男は貴族、もしくはそういった身分の高い人間に仕えている者だ。  彼は私を見て、一瞬動揺した顔を見せた。しかし、すぐにその表情を消す。眼鏡のフレーム越しから見える双眸からは、ひたすら無しか感じられない。  第四の男の登場に、私の心臓は壊れてしまうかというほどに荒れ狂っていた。何故なら──私は彼を知っていたからだ。
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