36.灼熱の民(1)

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36.灼熱の民(1)

 すでにこの場を掌握していたようなものだけれど、王の一言でそれは確かなものとなる。  エルは王に深々と頭を下げ、カミルたちに向き直った。 「これまで、誰もお前たちの話になど耳を貸さなかっただろう。だが、クラウディアの王がその声に耳を傾けてくださる。一国の王に耳を傾けてもらえるなど、滅多にあることではない。お前たちはどうにもならないと言うが、本当にそうなのか、今ここで証明しよう」  裁判官や王宮騎士団の面々は、エルの言葉に焦った様子を見せる。  それはそうだ。こんなことを言って本当にどうにもならなければ、王の威厳は地に落ちる。ましてや今この場には、悪知恵を駆使して上級貴族までのし上がってきたボードレール家、その力に縋ってきたベルクール家の当主たちがいるのだ。万が一のことがあれば、彼らは率先してあることないことを吹聴して回り、反逆を試みないとも限らない。自分たちの身を守るために。  シャルル様は、今にも叫び出しそうな形相をしている。こんな犯罪者のために王が、我が父が何かをしてやる義理などない、話など聞く必要はない、そう言いたくて仕方ないのだろう。  しかし、王はそんなシャルル様を鋭い瞳で制している。アドルフ王は周りの不安や心配をよそに、すでに腹を括っているようだ。それは、宰相ルクス様も同じだった。  お二人はよほどエルを信頼しているのか、何があっても動じない精神力の強さか。おそらく、その両方だろう。 「やれやれ、魔王の思惑どおりに話が進んでいるようだな。本当に王を説き伏せるとは思わなかった」 「我が国の王は、寛大な御心をお持ちだ」 「他国の王よりは、な。魔王、お前が俺たちに聞きたいことは、暗殺を生業とする理由だったな」  カミルが皮肉げに片側の口端を上げる。  エルはそれに頷きながらも、こう付け加えた。 「目的が金であることはわかる。だが、そこまでして金を集め、何をするつもりだ? その真の目的、そして、お前たちの国はどこだ」  しばらくの間、カミルはエルをただ真っ直ぐに見据えていた。しかし、全く視線を逸らすことなく、また揺るがないエルを見て、彼は呆れたように息を吐き出す。 「こういった場で俺たちの話ができることなど、もうない。どうせ俺たちは死んでいく身だ。ここで洗いざらいぶちまけるのも悪くないだろう」 「頭!」  叫ぶアシムに、カミルは小さく頷く。それで意思は通じたのか、アシムは肩を落としておとなしくなった。スードは最初から変わらず、淡々としている。でも、その瞳はほんの僅か和らいでいた気がした。それを見て思う。  ──彼らだって、本当は自分たちのことを知ってほしかったのかもしれない。  闇に身を堕としている者の背景が、のんびりと穏やかなはずはない。彼らは過酷な人生を生き抜いてきたに違いないのだ。  だからといって、これまでの行いが許されるわけではない。それでも、私も彼らについて、もっともっと知りたいと思った。 「まず、俺たちには国がない」 「国がない?」  眉を顰めるエルに、カミルは苦笑いを浮かべる。 「わからないだろうな。この国は豊かで、平民でさえ余裕のある暮らしができている。中には貧しい者もいるが、他国に比べれば全然だ。福祉も行き届いていて、例え赤ん坊が捨てられていても受け入れてもらえる場所がある。その環境も劣悪というわけではなく、恵まれている。子どもが安心して日々を生きることのできる国だ。それは、アドルフ王の功績なのだろう。賢王という噂は、嘘ではないと認識している」  カミルは一息つき、後を続ける。 「だが、他国はそうではない。貧しい家は、子どもを捨てるならまだしも、金に換える。奴隷商人に売り渡すんだよ。見目のいい子どもはどこかの変態貴族に売られ、その他は奴隷として死ぬまでこき使われる。どちらにしても、幸せな未来などない。だが、子どもとはいえ、ただそれを甘んじて受ける奴とそうでない奴がいる。そうでない奴は、運命に抗う。誰の手も届かない地へと逃亡し……更に過酷な運命を背負う、というわけだ」  子どもを金に換える。  知識としては知っていた。歴史書に書かれてあるからだ。  でも、今でもそんなことが実際に行われている国があるなんて、想像もしなかった。  クラウディアの民は、クラウディアのことしか知らない。他国のことを知っているのは、ごく一部の人間だけなのだ。  王家の人間や有力な貴族の男子などは、他国に留学して見分を広めるということもあるけれど、女子にはそれがない。  私はぎゅっと拳を握る。悲しさと悔しさを、必死に抑え込むために。 「逃亡先は?」 「あるだろう? どこの国にも属さない、そもそも人間がそこで暮らしているなんて想像もつかないような、地獄のような場所が」 「……灼熱の地、ダイア砂漠か」  カミルの言葉に応えたのは、アドルフ王だった。
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