37.しばしの休息

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37.しばしの休息

 カミルたちの処分が決まるまで、エルは審議に参加するためセントラルに滞在することになった。もちろん私も一緒だ。  エルは王宮に滞在する予定だったのだけれど、お父様が王宮までやって来て、エルをブラン家に招待したいと言った。エルは恐縮していたけれど、最終的には私とともにブラン家で過ごすことになった。 「お義兄様! お会いしたかったです!」  マリアンヌはエルの姿を見るやいなや、エルに向かって駆けだし、抱きつく。  あぁ、やってしまった。  私の方が一足早く家に戻っていたのだけれど、私の時も同じように抱きついてきたのだ。その時に、一応お説教はしておいたのだけれど……。 「マリアンヌ、はしたないですよ。少しは落ち着きなさい」 「だってお母様、お義兄様にまた会えるなんて、こんなに嬉しいことはないわ! お母様だってそわそわされていたじゃない!」 「マリアンヌ!」  マリアンヌとお母様のやり取りを聞き、エルは相好を崩す。  一見すると、厳格そうに見えるエルがこんな風に笑うと、そのギャップが凄まじい。これがパーティー会場なら、その場にいる女性が次々に倒れてしまうんじゃないだろうか。  エルはマリアンヌの頭をやんわりと撫で、優しい声で言った。 「私も会いたかったよ、マリアンヌ」 「きゃあっ! お義兄様ったら!」 「マリアンヌ!」 「ブラン夫人、再びお目にかかれて光栄に存じます」  今度はお母様に向かって優雅にお辞儀する。お母様はしばし呆然とし、少女のように頬を染めた。  エルが社交の場にほとんど出なかったのは、社交が苦手というよりのせいだったのかもしれない……。 「やれやれ。うちの女性たちは皆、エルキュール様に夢中のようだ。少々複雑ですな」 「とんでもございません、ブラン公爵」 「いやいや、そう思っているのは私だけではないようですよ。ほら、レティシアだって複雑な表情を……いや、これは嫉妬している顔ですな」 「お父様っ!」  なんてことをおっしゃるのだ!   私は嫉妬なんてしていないし。女性をすぐさま虜にしてしまうエルに、少しやきもきしてしまうだけで……。  ……。……。もしかして、それを嫉妬というのかも?  私がしゅんと萎れていると、エルは私を引き寄せ、そっと耳元で囁く。 「嫉妬など全く必要ないというのに。でも、嬉しいと思ってしまうのは(さが)だな。許せ、レティシア」 「……っ」 「ははははは! 仲睦まじいことで何よりです」 「はい。私にはレティシアしか見えておりません」 「エル!」  エルとお父様は声をあげて笑い出す。  ふと周りを見渡すと、お母様やマリアンヌはもちろん、執事や他の使用人たちも明るく微笑んでいた。  エルがいるだけで、場が華やぐ。心の中が温かくなって、幸せな気持ちになる。  裁判所でのエルと今のエルは、まるで別人のようだ。さっきのような鋭さは鳴りを潜め、穏やかな表情で皆を和ませている。  この極端ともいえる二面性は、本当にずるいと思う。エルのいろいろな顔を見せられる度、私の心は激しく揺れ、鼓動は高鳴り、ただただ惹かれる。 「今日は本当にお疲れでしょう。明日からも何かと大変でしょうし、我が家と思ってごゆっくりお寛ぎください。何か不足があればすぐに用意させます。遠慮なくおっしゃってください」  お父様がそう言うと、エルは深々と頭を下げた。 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」 「では、食事にしましょうか」 「はい」  そして、私たちは皆で賑やかな夕食を取り、眠るまでの短い時間をお茶を飲みながらおしゃべりなどで過ごす。  実家は変わらず温かく、居心地がいい。でも、リバレイ邸だってとても温かい。私には温かい場所が二つもある。なんて贅沢なのだろう。  エルは明日も早いので、いつもより歓談の時間は短くし、私たちはそれぞれ寝室に引き上げる。  寝室に入ってドアを閉じた時、エルが不意に立ち止まり、私にこう告げた。 「カミルたちの件では、レティシアにも意見を聞くことがあるだろう。その時は一緒に行ってくれるか?」  私にも?  エルを見上げながら首を傾げると、エルは微笑み、ゆっくりと頷く。 「聖女が攫われたんだ。彼らの判決には、聖女の意見も反映されるべきだと思っている」 「私は……自分の思うままに答えていいのですか?」  再びエルは頷いた。そして、私の額に口づける。 「当然だ。誰の意向にも沿わなくていい。レティシアは、自分の思ったことをそのまま言えばいいだけだ」 「わかりました。その時はぜひ、一緒に連れていってください」 「ありがとう、レティシア」  エルは私を抱き寄せ、愛情のこもった深いキスを落とした。
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