38.異例の判決(1)

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38.異例の判決(1)

 たった一日だったけれど、エルの予告どおり、私も審議に呼ばれた。私はそこで自分の思うことを話し、とりあえずは満足している。  私の話がどれほどの影響力を持つかはわからない。それでも、私の意見も聞いてもらえたことがありがたかった。  そして判決の日。  私たちは、再び裁判所へと赴く。  まずは、ボードレール家とベルクール家の審議の結果を、二家に申し渡すことから始まった。 「ベルクール家は、聖女誘拐を暗殺組織へ依頼した証拠がすでに明確である。実際にそれは行われ、聖女、レティシア・リバレイは、心身ともに深い傷を負った。本来ならば死罪に値するが、聖女から減刑するよう申し出があり、裁判所はそれを受け入れた。よって、ベルクール公爵家は降爵し、子爵とする。また、領地の一部分を没収し、ベルクール家の所有地を縮小する。ただし、現在居住する邸及び土地についてはこの限りではない。財産については所有する財産の三十パーセントを国に収めることとする。以上」  ベルクール公爵が青白い顔で頭を下げる。というか、項垂れているようにも見える。  死罪や奪爵に比べれば軽い方だと思うけれど、これまでの生活はガラリと変わってしまうことになり、かなりの痛手だろう。  実際に私の誘拐を依頼したのはやはりミシェルだったようだけれど、父親は娘の罪を、家で背負うことを決めた。それもあり、私はできる限りの温情をと、王や裁判官に訴えたのだ。  そして、ミシェルが依頼した理由についてだけれど、それを聞いて私は心底驚いてしまった。なんと彼女は、エルに恋心を抱いていたのだ。それも、ずっと長く。  ミシェルはまだ少女の頃、エルを見たことがあったのだそうだ。それ以来、ずっと恋焦がれていて、エルの元へ嫁ぐことを夢見ていた。  エルはすぐにリバレイ領へ行ってしまったけれど、王家と関わりがあり、その繋がりを欲したベルクール公爵も、何とか娘とエルとの縁談をまとめようと懸命に奔走したらしい。  そしてミシェル自身も、エルと婚姻を結ぶために動いた。それが、リゼットの取り巻きになることだったのだ。  ベルクール家よりもずっと力の強いボードレール家と協力し合えば、何とかなるかもしれないと思ったらしい。  リゼットはシャルル様と婚姻したいという願いがあったので、協力して私を排除し、お互いの望みを叶えようとあれこれ画策していたのだという。  しかし、私とシャルル様の婚約を潰したはいいけれど、私はエルの元へ嫁ぐことになった。  リゼットは望みが叶ったのでそれで満足したけれど、ミシェルにとっては冗談ではない。思い詰めたミシェルは、やがて暴走してしまった。  恋する気持ちが裏目裏目に出てしまい、結局様々なものを失う羽目になった。それを思うと、私も胸が痛む。  エルは、私が気に病むことはないと言ってくれたけれど、私もエルを想う一人の女として、ミシェルの気持ちはわからないでもないのだ。だから、とても残念だし悲しい。  そして、裁判官は次に、ボードレール家へと視線を移す。 「ボードレール家については、暗殺組織への依頼が五件確認された。いずれも実行され、伯爵家二家が消滅している。その二家の領地や諸々の権利を奪い、己の所有としたことも判明している」  しかし、ボードレール公爵は黙っていなかった。 「お待ちください! 暗殺組織が言っていた記録のことでしょうか? そんなものが本当に残されていたのでしょうか? そして、犯罪者の言うことを鵜呑みにされるのでしょうか!」 「ボードレール公爵、この場は、あなたの言い分を聞く場ではない」 「ですがっ……」  ボードレール公爵は、最後の足掻きとばかりに声を荒らげる。  おとなしく判決を受け入れたベルクール公爵に比べ、それは相当見苦しく映った。  カミルの言っていた依頼人の記録は、本当にあったのだ。  その記録は、彼らの居住するダイア砂漠のとある集落に保管されていた。だから、伝令のために飼い慣らされた砂漠に住むダイアガラスという鳥を使って、その集落に連絡を取り、国境付近で受け渡しが行われたという。  そこまでして手に入れた記録、そこには、これまでの彼らの仕事が詳細に書かれていた。それは全て、裏の取れる立派な証拠だった。 「その罪はあまりにも重い。だが、ベルクール家のみ減刑というのはいささか不平等ということもあり、ボードレール家に対しても減刑を受け入れた。爵位を降格し、男爵とする。また、領地の三分の一を没収し、財産の四十パーセントを国に収めること。現在居住する邸及び土地についてはそのままとする。そして、娘リゼットは、今後シャルル殿下との関わりを一切絶つものとする。以上」 「そんなっ……」  私は知らなかったのだけれど、シャルル様とリゼットの婚約は、まだ成立していなかったらしい。私との婚約を破棄してすぐのことだったので、王も王妃も待ったをかけていたのだ。  栄華を誇ったボードレール家だけれど、それは他の貴族を踏みつけにし、奪い取ったもので成り立っていた。  ボードレール家はブラン家を目の敵にし、何かと張りあっていたけれど、とんでもない話だ。そんな家とブラン家を同列にしないでほしい。  貴族として、公爵家として、お父様もお母様も誇り高く、そして慈悲深いお心を大切に日々を過ごされている。それは、娘である私やマリアンヌも同じことだ。  本当は、爵位の剥奪も検討された。でも彼らにも、もう一度チャンスを与えたかった。これまでの行いを悔い改め、再出発してほしかったのだ。私のその願いが叶うかは、彼ら次第だけれど。  結論としては、彼らを平民にすることよりも、貴族のまま最大限に力を削ぐ、これが最適解ということになったのだった。
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