42-2.白銀の世界(2)

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42-2.白銀の世界(2)

 フラムは大量の荷物を楽々と背負いながら、大空を優雅に飛んでいた。心なしか、行きよりも帰りの方が機嫌がよさそうだ。 「フラムが楽しそう」 「それはそうだろう。行きはカミルたちがいたんだ。フラムとしては、かなり我慢していたと思うぞ。だが、帰りは俺たちだけだ。安心しているのだろう」 「そうか……そうですね」  私が微笑むと、エルもそれ以上に優しい笑みを返してくれる。すると、フラムの機嫌がまた上昇した気がした。  フラムは安全に飛行している。でも、先ほどからフラムのウキウキと弾む心が、ひっきりなしに伝わってくるのだ。 「ゴォ」  フラムが声をあげる。それは、何かを知らせるような声だった。 「レティシア、そろそろコートを着ておいた方がいい」 「わかりました。あ、もしかして、フラムはそれを知らせてくれたんですか?」  私に厚手のコートを手渡しながら、エルは頷く。 「もうすぐ景色が変わるぞ。セントラルではまだ温かったが、寒冷地ではもう冬に入っている。俺たちがセントラルに行っていた少しの間で、景色は様変わりしているはずだ」  エルの言ったとおり、寒冷地に入った途端に景色が一変した。  空気は刺すように鋭くなり、辺り一面は真っ白な雪に覆われていた。湖にも薄い氷が張っている。 「リバレイ領を出た時は、まだうっすらと雪が積もっているくらいだったのに!」  驚きのあまり大きな声をあげると、フラムがまたゴォ、と鳴く。今度は「びっくりした?」とでも言っているようで、私はそれに応えた。 「びっくりしたわ! フラムが知らせてくれなければ、あっという間に凍えていたわね。ありがとう、フラム」 「ゴォ!」 「きゃあ!」  フラムは嬉しかったのか、鳴くと同時に小さな炎を吐き出した。それに驚いてまた大声をあげると、フラムはグルッと喉を鳴らす。私があまりにも驚いたせいで、反省しているのかもしれない。 「大丈夫よ、フラム」  そう言うと、フラムはグルルルルと、長く唸るような声を出した。 「フラム?」 「レティシア、フラムは今、僅かな熱を放出している」 「え?」  エルを見上げると、笑いながら私の手を取り、フラムの鱗に触れさせる。触れた途端、じんわりと温かい熱が私の手を伝って、身体中に沁みわたっていくのを感じた。とても……温かい。 「温かいです。暖炉の前にいるみたい」 「フラムは緋のドラゴンで、炎を操ることができる。その炎を使って、俺たちを温めてくれているんだ」 「そんなことまでできるんですね!」  興奮してそう叫ぶと、エルは苦笑しながらこう言った。 「実は、俺も初めてだ。これほど繊細に操れるとは思わなかった。おそらく、一番近しいカミーユでさえも、こんなことはしてもらったことはないだろうな。戻ったら自慢してやらなくては」 「カミーユがショックを受けてしまいそう」 「いや、彼ならショックを受けてもすぐに立ち直って、張り合おうとするだろうな」  カミーユは、栄えあるリバレイ騎士団のトップ、第一騎士団の団長だ。普段はおおらかで、細かいことなど気にしないようだけれど、勝負事には誰よりもシビアなはずだ。これは勝負事ではないけれど、カミーユは負けず嫌いを発揮しそうな気がする。 「それに付き合うフラムは大変ですね」 「そこは心配ない。フラムの気が乗らなければどうにもならない」  言われてみればそうだ。  ドラゴンは誇り高き生き物、自分を抑えてまで人間には従わない。  カミーユがいくら言っても、プイとそっぽを向くフラムが想像できてしまい、私は思わず笑ってしまった。エルも同じことを想像したのか、肩を震わせている。 「フラム、一度くらいはカミーユにもやってあげてね」  私はそう呟き、周りをぐるりを見渡した。  どこもかしこも真っ白だ。白い雪が陽に照らされて煌めいている。まるで宝石が輝いているようだ。  これがまさしく白銀の世界。  寒さは厳しいけれど、これほど美しい姿を見せてくれるなら、寒さも決して悪くはない。 「綺麗……」  チラチラと雪が降ってきた。両手を掲げると、まるで私がこの雪を操っているような気がしてくる。  その時、頭にコートのフードが被せられた。私はそのまま、背後からエルに抱きしめられる。 「今のレティシアは、雪の妖精のようだ。消えてしまわないよう、捕まえておかなくては」  エルが私の肩に顔を埋め、そう囁く。私は柔らかな笑みを浮かべながら、エルに身体を預けた。 「エルを置いて、消えたりなんかしません」 「わかっている。俺のレティシアだからな」 「……っ」  低く艶のある声が、私の耳を擽る。  表情は見えないけれど、その瞳はきっと、私を射抜いてしまうほど強く、熱を帯びている。 「エル……」  その声に反応し、エルの腕に力がこもった。 「ゴォ!」 「!」  突然の鳴き声に、飛び上がりそうになる。  エルは私をぎゅっと抱きしめて落ち着かせると、前方を指差した。 「リバレイ領だ。……帰ってきたな」  私は大きく目を見開き、目の前に広がる景色をしかと心に刻みこむ。  町は雪に覆われているけれど、そこに住まう領民たちの息遣いが聞こえてくるようだった。  雪と氷に閉ざされているというのに、どうしてだか、暗さや寂しさは感じない。セントラルにも負けない活気が伝わってくる。この地に住まう人々の逞しさを、ひしひしと感じた。  もうすぐ、皆に会える。 「ただいま戻りました」  特定の誰かではなく、リバレイ領そのものに対してそう呟く。  その声が聞こえたのか、エルは私に向かって微笑み、頭のてっぺんに唇を落とした。 「本当に愛らしいな、我が妻は」  エルのその一言に、私の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていったのだった。
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