47-3.ノースディアの可能性(3)

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47-3.ノースディアの可能性(3)

「エルキュール様が治めてくださるようになってから、ここは地獄から天国になりました」  その言葉に振り返ると、カーラが涙ぐみながら微笑んでいた。 「領主から見捨てられ、私たち領民は皆で手を取り合い、協力しあって、必死に生きてきました。領主に虐げられるよりはマシですけれど、自分たちの力だけで生きていくのも大変なことです。限界を感じることはしょっちゅうでした。そんな時、エルキュール様がここを治めてくださることになって、私たちがどれほど歓喜したことか! リバレイ領を治めるエルキュール様のお噂は、こんな辺鄙な場所にも届いております。これでようやく……私たちも穏やかに暮らしていけると、皆が安堵いたしました」 「お母さん」  静かに嗚咽するカーラを、娘のミリアンがそっと抱き寄せる。ミリアンも僅かに涙を浮かべていた。 「それに、聖女様であるレティシア様にもお会いすることができて、これほど幸せなことはございません。私たちみたいな者にも親しくお話してくださり、汚れることも厭わず土に触れ、畑を愛でてくださって。……本当にありがとうございます」 「そんな! 私こそ、ノースディアの地に来られてよかったわ。薬草栽培も直で見ることができて、とても興味深かった。それに、さっき手に塗ってくれた軟膏、とてもよく効くわ。少しかさついていたのだけれど、今はほら、すべすべ! 冬の強い味方ね。後で、薬草が薬になる過程をぜひ見せていただけると嬉しいわ」 「もちろんでございます!」  私は、庭の畑で健気に芽吹く薬草たちを眺め、小さく頷く。  薬は、ノースディア領の産業になる。しかも、強力な。  リバレイ領と連携を取りながら、この地も豊かにしていきたい。子どもだけではなく大人たちも、皆明るい笑顔になれるように。 「レティシア、そろそろ中へ入って薬の作り方を見学させてもらおう」 「はい」  エルの言葉に、私は笑顔で応えた。  そして、私たちはエヴァンやレニーが薬を作っている様子を見学させてもらい、再び貯蔵庫に戻る。  私の手には、カーラから貰った乾燥対策の軟膏があった。それを見て温かな気持ちに浸っていると、目の前にはすでに三頭のドラゴンたちが私たちを待ち構えていた。 「ゴォ!」 「グルルゥ」 「グワォ」  かろうじて私が立っていられるほどの声量で、三頭が鳴きながら己の存在を誇示する。 「ただいま。待たせてしまってごめんなさいね」  私はネージュ、フラム、シエルの鱗を順番に撫でていく。三頭は揃って気持ちよさそうに目を瞑った。 「帰りもシエルに乗るけれど……いい?」  ネージュとフラムにお伺いを立てると、二頭は不満そうではあったけれど納得してくれたようだ。  私が安心していると、背後からやんわりと抱きかかえる腕が伸びてくる。 「エル」 「ドラゴンが納得したなら、俺も納得するしかないな」 「ゴォ」  エルがそう言った後に、ネージュが声をあげた。「そうだよ」と言っているみたいで、私は肩を震わせる。周りの皆もそう聞こえたようで、笑っていた。  エルは少し決まりが悪そうに肩を竦めた後、号令をかける。 「では、これよりリバレイ領に戻る」 「はっ!」  騎士団が一斉に敬礼し、その後忙しなく動き出す。  私たちも帰る準備をしていると、カミルがやって来て、笑顔で言った。 「レティシア、また会おう」 「カミル。えぇ、また会いましょう。砂漠の民の統一、よろしく頼むわね。そして、ノースディアの人たちも守って」 「あぁ、任せておけ」  カミルが自信満々にニッと笑った。そして、今度はエルの方を向く。 「魔王、またレティシアを連れてきてくれ」 「連れてきてもいいが、お前には会わせない」 「ひでぇ!」  つれない態度を見せつつも、エルの口元は笑っている。二人の信頼関係が垣間見えて、私はほっこりとした気持ちになる。  かつての敵は、いまや強力な味方。  彼らもまだまだ大変だけれど、カミルたちならきっとやり遂げられるはず。 「砂漠の民を統一した暁には、ぜひお祝いをさせて」 「え!? レティシアが祝ってくれるのか?」 「えぇ、もちろんよ」 「やった! 待ってろ、すぐにまとめてやる!」 「勇み足で失敗するなよ」 「俺がそんなヘマやらかすかよ! 見てろよ、魔王!」  そんな軽口を叩きながらも、いよいよ出発の時を迎える。  私はファビアンとともにシエルの背に乗り、エルはネージュに乗る。フラムの背は無人だ。カミーユは、騎士団を率いて戻ることになっていた。 「じゃあな!」 「元気で!」  ドラゴンたちがゆっくりと動き出すと、カミルたちは建物の中に避難した。窓から手を振っているのが見える。  私も彼らに手を振り返した。そうしている間にも、どんどんと空高く上昇していく。 「レティシア様、こちらにつかまってください」 「えぇ」  飛行が落ち着くまでは、多少なりとも揺れる。私は両手で手すりをしっかりと握った。 「シエル、よろしくね」 「グワォ!」  シエルは元気よく返事をし、美しく真っ青な翼を大きく広げたのだった。
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