01.婚約破棄は突然に

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01.婚約破棄は突然に

「すまない、レティシア!」  家に戻ってくるなり、お父様が私に頭を下げた。しかも深々と。  ブラン公爵家の当主ともあろうお父様がこれほど深く頭を下げる相手など、そうはいない。 「お父様、顔を上げてください。いったいどうなされたのですか?」  お父様の顔色はすこぶる青く、疲れた表情をしている。お母様の方を見ると、お母様も沈痛な面持ちで私を見つめている。  二人の様子から、とんでもなくよくないことが起こったのだとわかった。  私はゆっくりと深呼吸し、いつも以上に意識して背筋をシャンと伸ばす。  両親揃って動揺しているこんな時こそ、私が気をしっかり持たなくては。 「何があったのか、お話くださいますか?」 「あぁ。とりあえず、座ろうか」  お父様は悩ましげに額を押さえながら、ソファに腰かけ、事の経緯を話し始めた。 ***  ブラン公爵家は、過去に王家と婚姻を結んだこともある由緒正しい家柄だ。  我がクラウディア国は南北に広がる大国で、その中央、セントラルと呼ばれる場所に、王家や有力な貴族が居を構えている。  その中でも、特に有力な貴族に名を連ねているのがブラン家だ。王家からの信頼も厚く、親密な関係を築いている。  ここ何代かは、王家の婚姻には縁のなかったブラン家。  しかし、現国王のアドルフ・クラウディア様と王妃、セレスティーヌ様の第一子であるシャルル様と私の年齢が近いということで、私は彼の婚約者候補となった。幼い頃から妃教育を叩きこまれ、シャルル様と婚姻を結ぶその日のために、私は懸命に努力を重ねていたのだ。そして、互いに婚約できる年齢になり、私とシャルル様は正式に婚約した。  私は今や、誰からも認められる未来の王太子妃……だったはず。にもかかわらずお父様から告げられた言葉は、それを覆すものだった。 「今日、正式に婚約破棄の手続きがなされた」 「なんですって!? それは……あの、お父様、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」 「あぁ……」  お父様はとても言いづらそうな顔をする。それだけで、なんとなく予想ができてしまった。 「淑やかで、守ってさしあげたくなる女性がいい、と。……そう、おっしゃって」  やっぱり。  常日頃から言われていることでもあったから、驚きでもなんでもなかった。でも、まさか婚約を破棄されるとまでは思っていなかった。  シャルル様と私との間に恋愛感情はない。それでも、私はこの結婚を天から定められたものとして納得していたし、いずれ王を継承なさるシャルル様のお側で、少しでもいいからお力になりたい、そう思っていたのに。  「男性は、淑やかで慎ましい女性を好むものです」  私の元家庭教師で、今は妹のマリアンヌの家庭教師を務めているカリーヌは、いつもそう言っていた。それを聞く度、私は心の中で盛大な溜息をついてしまう。  淑やかで奥ゆかしく慎ましい。私だってそうなりたかった。いえ、見た目だけなら十分そう見えるはずなのだ。しかし、残念ながら実際の私はそうではない。  でも、私がこうなってしまったのもやむを得ない事情がある。そして、シャルル様もそれをご存じだというのに。  今更だ。本当に今更な話。どうせなら、正式に婚約する前に言ってほしかった。  これではブラン家の面目は丸つぶれだし、一方的に婚約破棄された娘の行く末など、お先真っ暗もいいところだ。  ……とは、口に出せないところがもどかしい。 「聖女の力を持って生まれてしまったために……! ごめんなさい、レティシア!」 「お母様、泣かないでください。お母様は何も悪くありませんわ」 「レティシア……これほど美しく清らかなあなたを……。シャルル様はなんて見る目がないのでしょう!」 「シルヴィ、滅多なことを言うな」 「ですが、これではあまりにも……」  泣き崩れるお母様の肩を抱き、お父様はお母様を宥めている。  聖女の力。  そう、こんな力があるせいで、私は生まれてこのかた危険な目に遭ってばかりなのだった。
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