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 ようやく美夏に辿り着けた俺は、次なる作戦を考えた。  まずは定期的に美夏のマンションへ荷物を届け、それが日常になるようにする。そしてタイミングを見計らって俺が美夏を連れ出す。これしかないと思った。  が、しかし……。  美夏を連れ出した後はどうする?どこへ行く?愛梨はどうするんだ?  現実という大きな壁が立ちはだかった。  だが、さほど落胆しなくても良さそうだった。週一でマンションに荷物を届けてほしいと副社長から依頼が来た。俺は快く受け入れ、契約成立となった。  俺が美夏と会える日が週一でやって来る。至る所にチャンスはあるはずだ。  俺がスマホを準備して美夏に持たせるとか?いや、もしそれが旦那さんに見つかったら美夏はまた殴られてしまうかもしれない。  美夏が暴力を振るわれている瞬間を押さえて警察に突き出すことが出来れば良いのだけれど…。こっそり隠しカメラを部屋に備えてもらって…。いや、これも見つかったら美夏がやられてしまう。  せっかくチャンスがあるというのに、俺は良いアイディアが全く思いつかなかった。  定期的に美夏のマンションへ荷物を届いたるようになって二ヶ月。いずれも旦那さんがリモート会議中の時に行くようにし、こっそり美夏と会うことに成功していた。  時には旦那さんの目を盗み、俺たちは玄関先でキスを交わしていた。  ただ、それ以上美夏に何もしてあげられない自分がもどかしかった。  ある日のこと。いつものように美夏のマンションへ荷物を届けにきた。 「蒼ちゃん、これ……。」  そう言って美夏が差し出したのは、旦那さんからの伝言が書かれたメモ用紙だった。    “来週不在です。     再来週まとめてお願いします。” 「美夏、これって……。」 「主人が、来週泊まりの出張が入ったみたいで。」 「美夏も一緒に?」  美夏は首を横に振った。 「私はここに一人残る。絶対に家から一歩も出るなって言われてる。」  絶好の大チャンス到来だった。 「俺、来週美夏を迎えに来るよ。一緒に逃げよう。そしたら…」 「どうかしましたか?」  旦那さんが奥から出てきた。  俺は全身に緊張が走った。 「あの、スミマセン。さくら運送です。今日はちょっと荷物が多くてー。重いものもあるんですよー。ご主人ちょっとお手伝いして頂いてもいいですか?」 「あ、はい。」  旦那さんは玄関に置いた荷物の一部を手に取った。 「あ、業者さん、この重い大きいの、中まで運んでください。」  旦那さんは俺に、中へ入るよう指示した。  俺は緊張しながらも、美夏の部屋に足を踏み入れることになった。  美夏は心配そうな表情で俺を見つめた。俺は美夏を見てゆっくりと頷き、重い荷物を持って奥の部屋へと進んだ。  そこはとても広くてキレイな部屋だった。部屋は一切仕切りのないオープンな広々とした間取りだった。リビングから更に奥へ進むと、旦那さんの書斎のようなスペースがあった。 「荷物、ここにお願いします。」  俺は旦那さんに言われた通り、荷物を置いて、旦那さんにサインをお願いした。  書斎の奥に扉が1枚あった。もしかしたら美夏はここに閉じ込められているのか?と予測した。このオープンな空間の部屋で、それ以外に密室は無さそうだったからだ。 「ありがとうございましたー。では、次は再来週伺いまーす。」  書斎を出ようとしたその時だった。  旦那さんのデスクの上に、手錠が置いてあった。  衝撃だった。美夏は旦那さんに手錠を掛けられて奥の部屋に監禁されているのだ。  俺は哀しくなった。美夏がこんな酷い目に遭ってるなんて…。それを何とも思わずに当たり前のようにしている旦那さんに怒りを覚えると同時に、今、目の前に居る美夏を助けてあげられない自分の無力さを情けなく思った。  帰り際、俺は美夏をチラッと見て会釈をした。美夏は俺と少しだけ目を合わせて、深々と会釈をした。  玄関を出た。俺は涙が止まらなかった。  この日の仕事が終わり、俺は帰宅した。いつもよりも帰りの時間が遅かった。衝撃の事実を知ってから、仕事に集中出来ずにいたからだ。  そんな俺の気持ちとは裏腹に、明るく元気に振る舞う愛梨は、相変わらず美味しい夕食を準備していた。 「蒼佑、今日遅いね。珍しい。疲れてるでしょ?一緒に飲もっか!」  愛梨は缶ビールを準備し、俺たちは乾杯した。  一口飲んだが、いつものようには美味しいと思えなかった。 「蒼佑最近何か元気ないよね?何かあった?」  愛梨は鋭い。俺の異変にいつから気付いていたのだろう。俺は少し怖くなった。 「あ、いや、何か仕事うまくいかなくてさ。」 「うまくいかないって何が?ただ荷物運ぶだけでしょ?」  愛梨のその言葉に傷付いた。ただ荷物を運ぶだけ、って…。愛梨はそんな風に思ってたのかよ…。 「いろいろあるんだよ。苦手なお客とかいるの。どうせ愛梨には分かんねえよな!」  俺はつい声を荒げてしまった。 「あ、ごめん…。」  いつも元気な愛梨が、しゅんとした。  気まずくなって、俺は家を飛び出した。  あてもなくただ歩いていた。正直、愛梨の言葉にも傷付いたが、美夏のことでイライラし、愛梨に八つ当たりしてしまった俺が悪いことくらい、自分が一番よく分かっていた。  俺は近くの公園まで来た。ベンチに一人座って頭を抱えた。  公園の隅で、一組のカップルが花火をしていた。もう冬がくるのに、こんな季節外れの花火なんて…。そう思ったが、俺と美夏も季節外れの花火を堪能したな…と、懐かしい気持ちになった。  カップルは線香花火をしていた。花火が終わる度にカップルはキスを交わしていた。俺がここに居ることに気付いていないのか?  俺はまたあの頃を思い出した。そして、大人になって再開した日の記憶も蘇った。  俺は、  美夏を救いたい…。
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