鬼雨

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その電車にいたその人はきっとチョーカーを着けていたんだろう。だから新木さんはその人がオメガだと分かった。 「それはその電車に乗ったオメガが悪いと思うけど。」 「オメガの専用車両なんてないんだから仕方ないじゃない。」 新木さんはオメガ性に対して偏見はないらしい。 「堂山君はどうしてそうオメガ性を冷たく見るの?」 「ところ構わず盛って見境なく誰でも誘惑するから。」 「それは本人の意思は関係ないけど?」 「抑制剤だってあるんだし、自分の体の事は自分で面倒見るべきだろ。」 発情期を抑えることができる唯一の方法が抑制剤。 錠剤タイプと注射型の二つの種類がある薬。 発情したオメガがそれを摂取するとフェロモンを抑えることができる。 アルファにも一応そういった物があって、発情したオメガに惑わされないように常に飲んでいる人も多い。俺もその一人。 「何かオメガに嫌な過去でもあるの?」 「オメガには中学の頃に、一人だけ会ったことがあって、俺がアルファだったからか発情期に入ったそいつにやたらと誘惑された。それがトラウマ」 「その子、発情期は初めてだったんじゃない?」 「だとしても、知識はある筈だろ。性別だって中学生ならわかってる。抑制剤はいつでも持っておくべきだった。」 「それで、その子はどうなったの?」 タイピングをしていた手を止め、記憶を蘇らせる。 「確か転校かな。俺の母さんがオメガが俺を襲ったとかなんかで、被害届を出すとかそんな話になって……」 「災難ね」 「だろ」 「貴方じゃなくて、そのオメガの子が。誘惑されただけなのに被害届だなんて……」 「新木さんは擁護派だもんね」 「貴方は過激派ね」 フロア中に嫌な雰囲気が流れる。 サッと席を立ってリュックを背負った。 「じゃあ俺、今日は外でミーティングあるから。またね新木さん。」 「ええ、また。」 来た道を戻るようにしてビルから出る。 初夏の爽やかな風が髪を揺らした。 新木さんとは時々、少し言い合ったりしてしまう。それが終わったあとは別にお互い何も思っていないけど、アルファの高いプライドが自分の考えを曲げてたまるかと思ってしまうんだろう。 ミーティングをするカフェまで移動すると、すでに相手がそこにいた。 「三森さん。おはようございます。」 「おはようございます。」
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