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第1部 草原の掟 第1話 草原の民 0,ベルゼラ国
風は、なだらかな丘や岩場やゆるやかに流れる川の上を吹き抜ける。
草原は万年雪を抱く山脈を借景にし、どこまでも続く。
草原に生きる古き民たちは、馬と駆け、羊を追う。
ちいさな部族が協力し、夏の暑さを避け冬の寒さをしのげる土地へと遊牧する。
古き民のモルガン族は、自然の厳しさを受け入れる。
彼らは幾世代も変わらぬ生き方を綿々と続けていた。
時がゆっくりと過ぎる草原にも、大河の流れる東の方から変化のつむじ風が吹き寄せる。
誰のものでもなかった草原には、大河沿いに生まれた国により境界が引かれていく。
大地を自分のものと主張する国々は、豊かな土地、彼らの安全を保障するための土地をめぐり各地で争いを繰り返す。
次第に軍事的に強い国が、小さな国々を飲み込んでいく。
その一つ、ベルゼラ国。
雄大な大河を利用し、国土に水路を張り巡らし物流網を備え、稲穂を重く垂れる豊かな穀物地帯を持つ。
ベルゼラ国は、工業品や武器を大量に生産し最大の人口を養う。
中原の中でも今や最強国となりあがる。
ベルゼラ国の若き剛王レグランはかつて、草原で子供の頃を過ごしたことがあった。
強靭な精神と肉体はその時に鍛え上げられた。
彼の最初の息子は8歳である。
久々の面会時に母親の影に隠れてでてこない。言いたいことを言えないで委縮している。親のひいき目からみても大人しすぎて頼りがなかった。そのくせ、傲慢な面が見える。甘やかされてわがままに育ってきたのだった。
力でもって国を豊かにすることばかりに注力し、息子を顧みなかったためなのか。18の時に無理やり娶わせられた有力貴族の娘とのたった一度の交接で生まれた子供だからか。
あれからたくさんの子をなしたが、残念ながら一番上のこのジプサムは父親の目から見ても自分の後を継ぐ器だとはとても思えない。
だがやがて、順当にいけばジプサムは母親の財力を背景に王位を継ぐことになる。
馬鹿者であっても、母の勢力が彼を支えるだろう。ベルゼラの王はただのお飾りに成り下がる。
レグラン王はまだ20代である。
切実に、自分の後のことを考えるには若すぎた。
レグラン王は息子のことよりも考えることが他にたくさんあった。
ベルゼラ国は古き草原の民や他の国々と小競り合いが絶えなかった。
広大な草原に、さらに自分たちの居住地や農地を拡大しようとしていたからだ。国境付近に開拓に進んで赴く者たちは野心的で血気盛んな者たちが多かった。
対する草原の民のモルガン族には、国境の概念はない。
誇り高き彼らを生かすのか、殺すのか、取り込むのか決めかねる。
草原が小さくなるにつれ、草原に生きる者たちは徐々に減りつつある。
彼らはいずれ消えゆく者たちなのだろうとレグラン王は思うのだ。
レグランは不出来な息子をモルガン族のかつて世話になったこともある友人に預けることにした。息子には過保護な空間ではなく、出来ないことを知り、自分の手で何かを成し遂げる経験が必要だと思った。
そうやって、子供時代に一時でもモルガン族と共に過ごす息子ならば、何か答えを得るかもしれない。
レグランは一度決めたら意志を通す。
息子の母親が泣いても懇願しても、決めたことは覆さない。
レグランは馬の背に息子を乗せて抱える埃をかぶったフードの男の背中を見つめる。
預ける先は、モルガン族でも馬を愛する穏やかな部族である。
彼らは目を細め、風に顔を向ける。
草原を渡る風に金属のつんとした臭いや血の臭いを嗅ぎとっていた。
かつては数10キロ先まで見渡せた草原の東の空は濁っている。
息子は過酷な環境下、事故で死ぬかもしれない。
そうなったらそれでもいいとレグランは思う。
それも彼の運命なのだ。
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