85、リリーシャ姫とレグラン王①

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85、リリーシャ姫とレグラン王①

 リリーシャには、保養という建前の裏に、明確な目的があった。  ベルゼラの王子一行もわかっている。  アムリア妃が国内中の妙齢の貴族の娘たちを集めても、いまだにジプサム王子に婚約者がいないという状況を変えるべく、レグラン王が裏で手をまわした未来の妃との顔合わせだった。  未来の王子の妃の座は、だがしかし、確定したものではない。  リリーシャが、ジプサム王子の心をつかめればのことであった。    消灯の時間が過ぎている。  リリーシャは髪に櫛を通した。  細く、蚕が吐き出した絹糸のような髪は黄金色。  鏡の中の瞳は自分ではもう見慣れたが、初めて見るものはくいいるように見つめる、美しいのであろう瑠璃ガラスのような緑の瞳。  鏡の中の女は、母の顔をしている。  父王の寵愛を受けた母はたいそう美しかった。 ※    リリーシャは王宮で生まれた五番目の姫。  寵妃であった母は、リリーシャが10歳になる頃、美貌が衰えるとともに、父王の足が遠のき心を病んだ。  父王に新たな寵妃ができてからは、かつてリリーシャの母がいるために涙をのんだ女たちのいじめは陰惨を極めた。  母は、精神に変調をきたし、体を壊して病死する。  リリーシャは母の後ろ盾を失ってしまった。  そんなリリーシャを乳母が支えた。  リリーシャは亡き母が残した離宮の一室で、ほしいものもほしくないものも十分に与えられ、贅沢に過ごすことができた。  離宮は、外界の風雨を遮断した豪奢な温室のようなところだった。  そこで守られる姫たちは、さしずめ温室の花々のような存在だった。  時折、父王は賓客を伴い、離宮を訪れる。  そろそろ開花を迎えて膨らんだつぼみを鑑賞し、自慢するために。  そして、頃合いをみて宴が開かれる。  それは、花見だったり、観劇だったり。  同時にそれは、姫たちが日ごろ鍛錬した歌や踊りや楽器を披露する舞台でもあった。  招かれた客を歓待し、宴は夜通し華やかに執り行われる。  トルメキアの多くの民の髪は赤茶か赤、そしてハシバミ色の髪色に、髪と似た色の瞳である。  トルメキア人らしい特徴のある姉たちは、父王と共に離宮に訪れた有力な家臣や他国の王族に見初められ、嫁いでいった。  姉たちは、愛され愛でられ続けて当然の存在だった。  彼女を所有する男たちを権威づける、トルメキアの王族の高貴な血筋なのだ。  リリーシャが16になったとき、宴で13の妹が決して上手とは言えない歌を唄う。  それ見て、皺だらけの目じりを下げて誉めそやした老人は、国内で金山を持っていた。  妹は、その老人に輿入れすることが決まった。  離宮に咲く花たちは、つぼみを開く前にもひとつ、ふたつと摘まれていく……。  だが、17の誕生日を迎えても、リリーシャが欲しいという男は現れなかった。  いやらしい目で、薄物を着るリリーシャを裸にして犯すような目をした男たちはいても、金髪緑眼の娘はひとめでわかる奴隷の血筋。  奴隷の女の腹から生まれた印を持った妻では、王族の娘をもらった価値が下がってしまう。  そのような理由で敬遠されていた。 「わたしの愛人になるのなら囲ってやってもいい」  そう持ち掛けた男もいる。  彼は先月結婚したばかりだった。  口惜しさで視界がにじむ。  はり手をにやけた顔に食らわせた。  それが答えだった。  次第に、宴会に参加していても、父王から声がかからなくなっていく。  いくら美しくても、貰い手のない姫など、離宮経費の無駄遣いだわ。  早く誰でもいいから結婚して降嫁したらいいのに。  なんだったら知り合いの男を紹介してあげようかしら。  それとも、床の拭き掃除でも手伝ってもらおうかしら。  そんな風に女官たちにそしられ、あざけられ、後ろ指を指された。  自分だけ来客が訪れることが知らされなかったことも多々あった。  姫たちの末席にもぐりこんだ宴会でも、何年も毎日練習した歌も踊りも楽器も披露する機会も与えられず、挙句の果てに酔った客に、離宮に使える女奴隷と間違われ、薄暗い物陰にひきずりこまれかけたこともあった。  こんな愛玩奴隷のような見た目に生まれたくなかった。  姉や妹たちを妻に迎えた男たちは、誇らしげに彼女たちをみていた。  姉妹たちは当然だというようなすまし顔。  同じ男が、リリーシャには好色の目を向けるのだ。  リリーシャはもう耐えられなかった。  父王に縋りついた。  危険な目にあったことを訴えた。  困った父王は、お前の身辺を守る騎士を与えようと約束する。  離宮を離れなられない姫の専属護衛騎士になど、誰もなりたがらなかった。  嫁にほしいと望む貴族や豪商たちがいないのと同じだった。
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