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10 私たちなりの幸せ
それから、何日か過ぎた後。
突然隣街の消防に呼び出されたから、何事かと思いきや、どうやらあの日の救助活動に対して表彰してくれるということだった。
「私なんかが……」
かかって来た電話口で思わずそう言うと、たまたま隣にいた誠護さんが口を挟む。
「いいんじゃねーの? 名誉なことだろ」
それで、表彰を受けに隣街の消防本部を訪れたのだが──
「よ、紅音!」
「誠護さん!?」
その表彰台の上で、ヒラヒラとこちらに手を振っていたのはどう見ても彼だ。
「なんでここに!?」
「隣街だし公休だったのに人命救助を称えられて、俺も表彰されました」
「……マジか」
そんなこんなで、二人で感謝状を受け取った。
そして、隣街と我が町の広報の人が、こちらにカメラを向けた瞬間だった。
急に体がふわりと浮いたのだ。
「え!?」
必死に捕まったのは、彼の首。
前にも、こんなこと……。
「ちょ、下ろしてよ!」
「いーだろ、別に。なんか、こうしたくなった」
その間にも、カメラのシャッター音が聞こえた。
もちろん、その写真は我が町と隣街の広報紙に掲載されて、ちょっとした名物カップルになってしまったっていうのが、3度目のお姫様だっこの話。
そして、4度目のお姫様抱っこの話。
それは、純白のタキシード姿の彼の腕のなかで、ライスシャワーを浴びながら。
でも、途中で彼の胸ポケットが震えて…‥
「もしもし……今から行きます!」
「出動?」
「おう、悪いな」
誠護さんはタキシード姿のまま、私に背を向け走り出した。
参列してくれた皆は驚いていたけれど、私は──
「行ってらっしゃい!」
そう言って彼に笑みを向けた。
「おう!」
一度振り返って手を振る彼。
その大きな手で、誰かの命が救われるなら、それでいい。
そのまま式場を駆け出していく彼の背中を、私は笑ったまま見つめていた。
* * *
「パパ、結婚式途中で投げ出したの? ひど……」
「でもかっこいいでしょ?」
「ママの惚気なんて聞きたくない」
「えー、パパのこと教えてって言ったのはそっちでしょ?」
「だって私、パパのことあんまり覚えてないんだもん」
そう言って笑う娘に、私も満面の笑みを返した。ちらりと仏壇を見れば、その隅で笑う彼の写真。
「ママ、幸せだった?」
「どうだろう。もう10年以上も前のこと、忘れちゃった」
「そんなぁ!」
おどけて笑うと、目の前で娘の両頬がふくれる。
「でもね、ひとつだけ分かってることがあるんだ」
「何なに?」
「“今も”幸せってこと」
私は娘をぎゅっと抱き締める。
窓の外には、青い空が広がっていた。
<完>
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