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それから一息ついて続ける。
「鈴音さんが怒るのも無理はありません。あなたは一流の女優さんで、けれど一流ゆえの多忙な毎日が、あなたの心をむしばんでしまっているのでは、と僕は心配になりました」
「桜木さん……」
「いままで自分のやりたいこともできず、ただ仕事に忙殺される毎日。視聴者やドラマ制作スタッフの期待があなたをじわじわと締めつける。僕はあなたに少しだけ近い立場になって、それが理解できたような気がしたんです」
鈴音さんの表情は刺々しさを失い、別人のような素直な表情になってゆく。
「だから青春を謳歌できる彼らを羨ましく思い、苛立つのも納得できると思いました。けれどもし、あなたの気持ちの受け皿がないのなら、僕がその受け皿になりたいとも思いました。そのためにもこのドラマを成功させ、笑顔でクランクアップを迎えませんか」
けっして演技とは思えない、すがすがしい笑顔を彼女に向けた。
鈴音さんは潤んだ瞳で桜木さんを見つめている。まるでドラマのワンシーンのような雰囲気だ。
鈴音さんは思案した後、ぽつりと返事をした。
「――わかったわ。撮影を続けましょう」
「ありがとう、鈴音さん」
それから桜木さんは俺たちに向かってウインクをした。
「君たち、僕らに青春を思い出させてくれてありがとう。素敵なカップルじゃないか」
「いやぁ……」
立派な俳優さんに褒められ、どう反応していいのかわからない。みずほ先輩も照れ笑いを浮かべるのがせいいっぱいのよう。
そこで突然、監督が両手を上げ、大きくひとつ手を打ち鳴らす。
「ようし、せっかくだから記念撮影しような!」
「「あっ、はい!」」
そうして僕らは豪華なメンバーに囲まれる。必死なつくり笑顔が堂々と撮影用カメラに収められた。
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