Tutorial いつもの朝

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Tutorial いつもの朝

「おはよ~~~ございます!紗月、起きてますか~~?」  まだカーテンのしまった薄暗い部屋に響く溌剌とした声。 「ん………みさき……?おは…?」  寝ぼけ眼を擦る紗月などお構いなしに美咲は布団を引き剝がした。 「もう、おっそーい!いつまで寝てるの~?全く、私はいつまで紗月を起こしに来なきゃいけないんだか…。」  呆れ切ったような口調だが、これを発するのも数えきれないほど。数年間続いているやり取りである。それを示す証拠として、彼女の口元には笑みの形が讃えられている。  そうして無理矢理紗月の意識を覚醒させた美咲は剥がした布団を手際よく畳み始める。  きびきびと動く美咲とは対照的に、紗月はそれを横目に見ながらのろのろとした動作で自室から出て洗面所に向かう。  蛇口から出てくる水を掬い、顔を洗う。タオルで顔を拭き未だにはっきりしない視界で鏡の中の自分を見つめた。  寝ぐせだらけのボブヘアー、二重の癖に小さな瞳、薄いとも厚いとも言い難い唇。  毎日ご対面する彼女は決して美人と言えるほど顔の造詣が整っているわけでもない。しかし不細工かと言われたらそれも首を捻るようなレベル、端的に言ってしまえば印象の薄い普通の顔立ちをしていた。  自分を見ても何も生まないことを嫌と言うほど分かっている紗月はすぐに洗面所から立ち去り、再度自室へと向かった。  部屋に戻ると布団を畳み終えた美咲が椅子に座ってノートと教科書を開いている。  澄み切った瞳が真面目な色を湛え、一種の芸術作品なんじゃないかと思うような雰囲気をまとっていた。   何年も一緒に過ごしている紗月から見ても美咲は綺麗で、しかもその美しさは年々磨きがかかり、今では学年一の美女といっても差支えはないだろう。 「もう、紗月?そんな時間に余裕ないのに、何やってるの?」  ぼうっと見入っていると、ノートから顔を上げた美咲はあきれ顔。 「え~、だって今日も美咲は綺麗だったからさ?」 「もう、またそうやって。私を褒めたって時間は待ってくれないよ?」  これもまた、何年も続くやり取り。お互いに柔らかな笑みを浮かべながら言葉を投げ交わす。 「でも美咲は待ってくれるでしょ?」 「……今日は、待たないかもね。」  そういって美咲は部屋から出ていく。足音を立てずに下のリビングに降りて紗月の母親に挨拶を交わしているのがドア越しに聞こえた。  そこでようやく時計に目をやり、そろそろ遅刻の可能性が見え始めることに気付いた紗月はパジャマを脱ぎ、制服に着替える。  真っ白なブラウスに紺色のブレザー。チェックのスカートはまっすぐに膝上まで短くしてあり、ぱっと見は明るくてお洒落な着こなしになっている。  ハンガーにかかっていた服をそのまま身に着け、全身鏡の前で確認。ブラウスの皺もなし、スカートの折り目は綺麗だしリボンもまっすぐになっている。  髪の毛を整えるか悩んだが、時計と相談して先に朝食を食べることに決定。そのままダイニングに降りると母はキッチンに立ち、美咲はダイニングテーブルに着きコーンスープを飲んでいた。 「ちょっと紗月?今日も準備遅いわねあんたほんっとに…。美咲ちゃんに毎朝毎朝、情けなくないの?」  開口一番に飛び出してくる母の小言。耳にタコが出来るほど聞いた言葉ともなれば、拗ねることも逆ギレすることもなく笑って受け流せるくらいの余裕があった。 「別に、やろうと思えばあたしだって自力で出来るけど?」  そういいながら美咲の対面の席に座り、サラダの皿を手元に引き寄せる。 「もう、そんなこと言って。それ言い始めてから何年経ったと思ってるの?」  マグカップを両手で包み、ぬくもりを手に移そうとしながら美咲。 「美咲が何年経ってもあたしのこと甘やかしてくれるからだよ~?」  と言いながらサラダを口いっぱいに詰め込み、急いで咀嚼して胃に流し込む。  時間が無くて慌てている紗月にこれ以上ちょっかいを掛ける気がないのか、美咲はそんな彼女を頬杖を突きながら眺めていた。 「ごちそうさまでしたっ。」  早口言葉でも言うかのように言い、そのまま洗面所に戻ってドライヤーとヘアブラシを持って寝ぐせと格闘する時間が始まる。  せわしなく走り回る紗月を微笑ましく見ていた美咲に、母親は何度目かの言葉をかけた。 「ほんっと物好きよね、美咲ちゃんも。」 「そう…かもしれませんね。でも、これが私の生活の一部みたいになってるので、今更辞める気にはなれない…かな。」 「いやぁ、ほんと美咲ちゃんが優しい子で助かったわ。これからもよろしくね。」 「ふふ、こちらこそですよ。」  なんていう穏やかな会話をしていると、慌てて準備を終わらせてきた紗月がバタバタと玄関に駆けつける。 「行ってきます!」  と二人で声を合わせて言い、ふふと笑い合う。そうして二人同じ家から学校へと向かう。───これも何百、何千度目か分からない、昔からの『日常』だから。
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