Lesson.3

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Lesson.3

 学級委員の号令に合わせて礼をして、頭を上げる。途端に空気が弛緩し、ざわめきがクラスへと広がっていく。  六限まで授業が終わり、部活に行ったりそのまま帰ったりとそれぞれの目的のために動き始める。  紗月は鞄を持ち上げて美咲の元へと向かう──ことはせず、そのまま教室から出る。  教室から出て隣のクラスの前を通ると、ショートカットの女子生徒が紗月を見つけて手をひらひらと振っていた。 「紗月、今日遅かったじゃん?」  ふにゃっとした笑顔を浮かべる彼女は黒田響。外履きと体操服を入れた袋を鞄と一緒に肩にかけ、堂々たる仁王立ちで立っていた。  元々明るい髪色に大きな声、はっきりとした目鼻立ちをした整った容姿に加え、ギャルっぽい言葉遣いから不良のように見られがちな彼女だ。  しかしその実は情に厚く練習にもきっちりくる真面目な陸上部員。話していて気が楽だし悪い子ではないのだが、外見やオーラ故にその中身を知る生徒は学校内でもほとんどいなかった。 「なんか担任の話が長くてさ~。…ん~~~~っと。」  言いながらぐっと体を伸ばす。美咲と話している最中に伸びなんてすれば「それはどうかと思う」などとやんわりとしたお叱りを受けていたことだろう。  美咲のそういう気を配れるところは美点だと思っているし、彼女の好きなところの一つでもある。でもそれが時折うざったく感じることがあるのも事実で、このような緩い感じの友人はやはり必要だと思わされる。 「お疲れだねぇ~。なんかあったわけ?」  部室に向かって歩き出しながら、道中で響に尋ねられる。別にこれといって疲れの要因となったことがないような気がして、少しだけ考え込んでしまう。 「う…ん……強いて言うなら、授業があったこと?」  ぽつりとつぶやくと、響はぎゃははと若干うるさく感じる笑い声をあげた。 「何それ、いつものことじゃん?」  響はいかにも夜遊びを繰り返していそうな派手な外見をしているが、その実は夜10時には寝るという生活を送っている。  そのため授業はどれもしっかり起きているし部活が終わっても割と元気で、対照的に朝から元気のない紗月はよくからかわれていた。 「そうだけどさ~~~。あたしは響ほど早い時間に寝てないんですよ~だ。」  と拗ねたように唇を尖らせる紗月。足癖で体操服と外履きの入った袋を蹴り上げる。 「何で拗ねてんの?あたしなんかした?」  不機嫌そうな紗月の態度に響は表情を曇らせる。相手の感情を機敏に読み取ってすぐに改めようとする姿勢。出会った時から変わらないその姿勢は響に対して好感を抱く最大のポイントと言っても差支えがないかもしれない。 「ううん、響は何もしてない。あたしが八つ当たりしちゃっただけ。」 「そ?なら良いけど。」  さっぱりとした返事を返され、それ以上その話題を続けることを辞めて別の話を振る。  そうしていくつか話をしていると部室に付き、荷物を下ろす。  体操服に着替え、他の部員と合流して練習を始めた。  一年生が五人、二年生が紗月含めた二人、高校生が四人の比較的人数の少ない部活である。  美咲の所属する部活が終わるまでの時間つぶしのように入った陸上部だが、部員が少ないからこその結束感のようなものも相まって割と居心地の良い空間だった。 「お疲れ様でした!」  という部長の一声。  皆口々に挨拶の言葉を返し、部室に戻る。  響と中身のない話をしながら制服に着替え、昇降口へと向かう。  クラスが違う響と一旦別れ、自分のクラスの下駄箱に向かうと紗月の下駄箱の前には人影。 腰まで届く黒髪に伸びた背筋、制服から伸びる手足は細くてしなやか。遠目からでも分かるそのシルエットは美咲以外の何物でも無くて思わず駆け寄った。 「美咲、お疲れ~~っ。」  後ろからどん、と肩に飛びつくようにして声を掛ける。 そのまま腕を回すと抱きしめているような形になる。結果的に美咲の首筋に顔をうずめることになり、美咲のシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。甘い花の匂い。 「はい、お疲れ様。今日はいつにもまして元気だね?」  と苦笑いのような表情を浮かべながら美咲は床に置いておいた鞄を持ち上げて肩に掛ける。沢山の教科書やノートで重そうな鞄にはお揃いのキーホルダーが煌めいていた。 「あっ、分かる?今日自己ベスト更新出来たんだよね~。」  鼻歌でも歌いだしそうな調子の紗月を微笑ましそうな目で見ながら靴を履き替え、響に声を掛けてから二人は帰路を辿る。 「美咲は部活、何したの?」 「パート練習。葉月先輩が凄く丁寧に教えてくれて、今日一気に音が揃ったの。」  帰り道、すっかり暗くなった道を二人で歩く。  澄んだ冷気が容赦なく二人から熱を奪っていくが、それに対抗するように美咲の語りに熱が生まれた。    大人しそうな雰囲気の美咲だが部活として行っている吹奏楽にはとても情熱をかけていて、その話をするときはいつも目を輝かせている。  熱っぽい言葉に、普段よりギラギラした瞳、譜面を見る真剣な表情。フルートを吹いている時の美咲にはそんな魅力があって、年に数回しか見れないその表情も大好きだった。 「葉月先輩って人、やっぱり凄いんだ?」 「うん。フルート吹くのが上手いのはもちろん、音を聞いてどうしたら良くなるのかとか、どうしたら音が揃うかとかのアドバイスが上手なの。」  そんな吹奏楽部の話でよく名前が出るのが、「葉月先輩」。  高校三年の先輩で、吹奏楽部での実力云々の前にアイドル顔負けの顔立ちやスタイルに社交的な性格で校内随一の有名人。  紗月は名前こそ知っているものの接点がないだろう、と思っていたのだが思わぬ接点があり美咲から多くの話を聞くこととなったのだ。 「そういう人が同じパートに居たら絶対演奏良くなりそう、凄~い。…次の演奏会っていつだっけ?」 「え…とね、紗月が来れるのはクリスマス前の公演だから23日とかだったと思うよ。」  記憶を探るように視線を彷徨わせる美咲。  その言葉に紗月も目を輝かせる。 「ほんとにっ!?絶対行くから!」  フルートを吹いている時の美咲が久しぶりに見ることが出来る、という高揚をそのままに両腕を突き上げる。 大きな身振りで感情を表現する紗月に、いつものように呆れた表情ではなくやる気に燃えた顔つきで 「楽しみにしててね。ぜっったい、いい演奏会にするから。」  と美咲は宣言するのだった。
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