Lesson.5

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Lesson.5

 まどろむ意識の中、けたたましい何かが鳴り響いている。  身に覚えのない音の先に思わず顔をしかめながら寝返りを打つ。  半ば覚醒しかけた頭のままに暖かい布団に身を委ねていると、徐々に機能を取り戻してきた耳が足音を拾った。  控えめな音で規則的に鳴るその足音は美咲によるものだと何となく辺りを付ける。  私が今置きかけていて、そこに美咲が近づいてくる。うん?じゃあこの音を鳴らしているのは誰?  まだしゃきんとしない頭で考えているうちにその足音は部屋の前まで近づき、ドアが開く音がする。 「おはよ~。………なんて、紗月が起きてる訳ないよね~。」    少しして美咲の若干呆れたような抑え目の声。  半ば脊髄反射のような形で「…おはよ……。」と声を絞り出した。  本当に小さな声になったが、その声は美咲にきちんと届いたらしい。  「え、え、え、え、え?紗月?起きてる、の?」  そんなにあたしが起きているのが珍しいのか、と若干拗ねるような気持ちが沸き上がってくるのを感じながら紗月は体を起こした。  その美咲のリアクションにすっかり目が覚めたのだ。 「…そろそろ、あたしだって自力で起きれるようにしなきゃだめかなって?思ったから?」  そういいながら意を決して布団から出る。容赦ない冷気に首をすくめると察しの良い美咲が椅子に掛けてあったパーカーを渡してくれる。 「いや、その…なんていうか…珍しい、ね。」  未だに信じられない、と言いたげなその表情のままかなり言葉を選んだ様子を見せた。    でも確かに何年もの間起こされていたし、卒業までずっと続くと信じてい疑わなかった部分は大いにある。驚かれても当然かもしれない。 「ふふ、びっくりした?」 「うん。それはそれは。」 「…じゃあ、成功かな。」 「え~、何が?」 「ううん、内緒。」  渡されたパーカーを羽織り、朝食を取るためにリビングへ向かうまでの道中に交わした言葉は昨日の昼とは大違い。自然で軽やか、気負いすることが一つもなかった。 「えっ?は、あんた熱でも出たの?」  二人で並んでダイニングに降りると母がとんでもない声を上げる。挙句の果てに病人扱いされるあたり、紗月に対する評価の低さが露呈していた。 「そんなことないってば!成長って奴だよせいちょー。」  母がいつも出している温かい飲み物──今日はホットココアを受け取るためにダイニングに残る美咲と一度別れ、洗面所に向かう。  蛇口をひねると水が掌を流れていく。その冷たさに肩を跳ねあげながらその水を顔に掛け、やや乱雑に洗顔を澄ます。  顔を上げて傍のタオルで水分を拭き取る。    そうして鏡の中の自分と対面すると、やっぱり冴えない外見をした紗月が映っている。  昨日決意した『美咲に釣り合う女の子になろう作戦』、漠然とした考えしかなくて取り合えずという形で朝自分で起きることから始めた。  しかしこの外見を見ると、そっちの方ももっとどうにかしなくてはいけないのでは…?という疑問が沸き上がってくる。 鏡の中をぼうっと見ていても怪しまれるだけだと我に返り、すぐに身を翻してダイニングへと向かった。  今日の放課後、外見を良くするための第一歩を踏み出してみよう、なんて考えながら。  ダイニングに戻ると未だに驚いている母から朝食を受け取り、美咲の隣の席に着いた。  のんびりとホットココアを堪能している美咲の横でトーストに齧りつく。  別に特段何か会話をする訳でもなくただ隣で食べるだけだが、その時間に何とも言えない心地よさを感じて紗月はこの時間が好きだった。  と言っても、こうして落ち着いて朝食を食べていられるのも年に一回あったかなかったか、という頻度なのだが。  自力で起きたため母からの小言も無く、そこまで時間に追われることもない。  普段の生活と比べた今日の朝の過ごし方はとても有意義な時間の使い方を出来ているような気がして、頑張るのも悪くないかも、なんて思ったのだった。
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