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混ざり合う気持ち
清水さんがアルバイトで入社してから1ヶ月が経った。
私はいつも通り昼過ぎに出勤し17時に向けて開店の準備を進める。
今日の出勤は私と田山さん、アルバイトの山口君と高橋さん、そして清水さんの5人だ。
私は田山さんと当日の予約状況を確認しテーブルのセッティングをしていると、女性スタッフの高橋さんが予定よりも早く出勤してきた。
「あれ、高橋さんどうしたの? 出勤時間より1時間早いけど」
私はテーブルを拭くのを止め高橋さんに話しかける。
「すみません店長、シフトを見間違ってて。することも無いのでこのまま手伝っても良いですか?」
「いや、お店にいて良いから携帯でも見て休んでなよ」
「いえ、打刻はしませんから手伝いますよ」
「いやいや、どうしても手伝うならちゃんと出勤の打刻をして良いから、でも本当に休んでていいよ」
私は高橋さんに出勤時間まで休んでるように言うが、高橋さんは手伝うと言って聞かない。
仕方がなく、手伝うなら打刻をするように言ったがそれも聞かない様子だ。
高橋さんは、店長には迷惑はかけないのでと言い、制服に着替えるために更衣室に行った。
それを見ていた田山さんがニヤニヤしながら、モテる男は辛いねぇと私を茶化す。
私は高橋さんがシフトを見間違ったからと説明をしたが、いつも変わらないシフトで時間を見間違うかと田山さんは首を傾げた。
確かに、田山さんの言う通りシフトは特に何もなければ固定で作っている。
本当は見間違ったのじゃなくて、暇なだけだったのだろうか?
そんなことを考えていると、更衣室からユニフォームに着替え出てきた高橋さんが、どこまで準備が終わっているか聞いてきた。
「えっと、8番までは終わったから後は9番から17番卓までだね」
「分かりました。じゃあ、私が9番から行くので、店長は17番から準備してきてください」
高橋さんはそう言い、準備を始める。
私は高橋さんに言われた通り17番卓から準備を進め、30分程達テーブルの準備が終わった。
「二人で準備すればあっという間ですね。」
「そうだな。じゃあ、開店まで時間もあるし、お礼に何か飲み物買ってこようか」
私は手伝ってくれた高橋さんに、お礼に飲み物を買ってこようとすると高橋さんは、
「じゃあ一緒に買いに行きましょう。近くにコーヒーショップがあるんで、そこのカフェラテが飲みたいです」
と言い、私は高橋さんと一緒に近くのコーヒーショップに行くことにした。
お店を出てコーヒーショップまでは歩いて2分も掛からない。
コーヒーショップに向かう途中、前方から知った顔の男の子がやってくる。
「あれ? 店長、高橋さんとデートっすか?」
声を掛けてきたのはアルバイトスタッフの山口君だった。
「そうだよ。これから店長にカフェラテ買ってもらうんだ」
私が手伝ってくれたお礼にという前に、高橋さんが笑いながら答える。
「いいなぁ! 俺にも奢ってくださいよ。俺も行っていいっすか?」
「あんたはダメ。私が店長と一緒に買いに行くんだから」
「いや、山口君も一緒に行くか? 学生なのにいつも頑張ってるから、いいよ?」
私は山口君にも買ってあげようとすると、高橋さんは私を見て、
「やだ、店長と二人で買いに行きたい」
と言い譲らない。
それを見た山口君は笑いながら、
「分かりましたよ。じゃあ、俺は先にお店に行って準備しときますね」
と言って、お店に向かっていった。
私は山口君に悪いと思いながらも、高橋さんとコーヒーショップに行き注文をする。
「山口君にも買って行った方が良いよな? というか今日の出勤の子達皆に買っていくか」
私は他のスタッフの分も注文しようとすると、高橋さんはそれを遮るように、
「それじゃあ私が手伝ったお礼にならないじゃないですか」
と不機嫌そうに言った。
私は少し困ったが、
「じゃあ、高橋さんにはカフェオレとこのフィナンシェ、他の子達にはフィナンシェを買うってのでどうだ?」
と提案した。
高橋さんは少し考えた後、
「……じゃあ、他のスタッフはワッフルにしましょう?」
と言ったため、私は他のスタッフ達にはワッフルを買いコーヒーショップを後にした。
お店に戻ると、今日出勤のスタッフは全員準備を済ませており、清水さんは洗い物をしていた。
「皆おはよう! ほら、ワッフル買ってきたからお客さんが来る前に食べちゃって」
と、今買ってきたワッフルを皆に配った。
「店長、俺にもカフェオレ買ってきてくれるって信じてたのに……」
山口君が切ない表情でワッフルを受け取ると、高橋さんは、
「あんたにワッフル買ってくれただけでも感謝しなさいよ」
と言い、清水さんに対しても、
「清水さんもちゃんとお礼言ってね。それと、今日はオーダーミスしないように気を付けてね」
と清水さんに昨日のミスを指摘した。
「店長ありがとうございます。あと、高橋さん、先日はオーダーミスすみませんでした……」
清水さんは申し訳なさそうにお礼と謝罪をしたが、私はオーダーミスなど気にしていない。
皆でワッフルを食べた後、営業が始まった。
今日はコース予約が2件入っていたが、特にトラブルは無く進んでいた。
途中、清水さんが皿を割る場面があったが、ケガはなく片付けもすぐに終わったが、高橋さんが清水さんに注意をしていた。
「ちょっと、お皿だってタダじゃないんだから気を付けてよね」
「はい、すみません……気を付けます」
「オーダーミスするわ、お皿も割るわじゃこっちが疲れるわ」
清水さんは高橋さんに注意をされ、落ち込んだ表情で俯いた。
私はその様子を見て、
「高橋さん、誰だって失敗はするんだからそんな言い方は違うだろう。誰もケガしなかったんだし、清水さんも気にしなくて大丈夫だから」
とフォローを入れた。
高橋さんは少し不貞腐れた様子で、店長はすぐそうやって……と言い、帰ったお客さんの卓の片付けに向かった。
私は清水さんに次から気を付けて頑張ろうと励ましていると、山口君が私の腕を引き小声で、
「店長、大丈夫ですか? 高橋さん怒ってますよ」
と言った。
「え? そんなに清水さんのミスに怒ってんの?」
私は驚きながら聞き返すと、山口君はため息をつきながら、
「……店長、ワザとなんですか? 高橋さん、あれは絶対店長のこと好きですって。それなのに清水さんを庇ったからヤキモチ妬いてますよ」
高橋さんが俺の事を好き?
確かになついてくれている様子は感じていたけれど、まさか好きという事は無いだろう。
「山口君、憶測でそんなこと言うもんじゃないよ。俺は店長として高橋さんに注意して清水さんをフォローしただけだろう?」
「くぅ、店長は鈍いのかぁ……ワザとなのかぁ……くぅ……」
「山口君、なに、それ?」
私は山口君の言う事は真には受けず、仕事に再度取り掛かった。
営業時間が終わり閉店作業を済ませスタッフの退勤を待っていると、清水さんと高橋さんが更衣室から一緒に出てくる。
高橋さんは退勤の打刻をすると、
「店長、この後時間あります? 良かったらご飯食べに行きましょうよ」
と、食事に誘ってきた。
私は、夜は軽く済ませるから今日は帰って早く寝るつもりだと答えると、
「今度っていつですか? 次の出勤の日ですか?」
と食い気味に聞き返してくる。
私は少し考えた後、清水さんの歓迎会をしていないのを思い出し、
「じゃあ、清水さんの歓迎会も含めて、土曜日の営業終わりに行くか?」
と提案をした。
高橋さんはつまらなそうな顔をしながら、
「……じゃあそれでいいです」
と、返事をした。
高橋さんとは帰る方向が違うためお店を出てすぐに別れ、私は清水さんと二人で歩き出した。
帰り道、清水さんは申し訳なさそうに、
「今日はお皿を割ってしまってすみませんでした。」
と謝った。
私はもう、お皿が割れたことすら忘れていたが、
「お皿?気にしなくていいよ。ケガも無かったんだし、俺なんて入社して今まで100枚以上は皿を割ってるな」
と笑った。
それを見て清水さんは少し笑いながら、次からは本当に気を付けますねと答えた。
「いやいや、本当に気にしなくていいから。失敗なんて生きてれば何回でもするんだから。それに、高橋さんも真面目だからああやって清水さんに注意しただけだと思うし気にしない気にしない」
私は高橋さんのフォローもしながら清水さんを励ました。
「……それだけじゃないと思いますけどね」
「え?」
清水さんはうつむきながら、ボソッとつぶやいた。
私は、声が聞き取れずすぐさま聞き返すと、清水さんは顔を上げ、
「明日からは失敗しないように頑張るので、明日もよろしくお願いします。じゃあ、私はここで」
と言って立ち止まり、手を振った。
私はもうここまで来たのかと思いながらも、平然を装い、
「おう、明日からも頑張ろうな。気を付けて帰れよ」
と言って手を挙げた。
アパートに帰りシャワーを浴び、布団の中で今日の事を思い出した。
「高橋さん、あれは絶対店長のこと好きですって。」
高橋さんが俺の事を好き?
お兄ちゃんみたいって懐いているだけだろう。
最近の子はすぐに好きだとか嫌いだとか言って、そういうのが楽しいんだろうと、受け流した。
それよりも、今日の帰り際に清水さんが何と言ったのかが気になった。
別に恋愛感情では無いと自分は思っているが、気がつくと清水さんの事を考えてしまう自分がいる。
私は早く昇進をして、本社勤務の幹部になる。
その気持ちは今でも変わらない。
しかし、知らず知らずの内に二つの気持ちが混ざり合い、違う一つの気持ちになろうとしていた……
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