「隣の車輌」

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電車の車両連結部分は“つなぎ目”と言う。子供の頃に、あの狭く、足元不安定な空間に、わざわざ身を置き、ゴムのように柔らかい壁面越しに響く、外の音を楽しんだ人もいるだろう。 Oが観た人物も、それを懐かしんでいる。初めはそう思ったと言う。 友人の彼は遅番の勤務終わりに電車を利用した。昨今の緊急時代も踏まえ、平日、終電に近い時間帯の車輌はOと数人しか乗っていない。 仕事疲れで、ボンヤリした頭を座席にもたらせた彼の視線が、前方車両のつなぎ目、隣車輌側の窓に映る顔に気が付く。 つなぎ目ごしで、ハッキリしないが、横顔のようだ。それが、窓に映ったり、消えたりを繰り返している。 こちらの車輌に移ろうとしているのではなさそうだ。Oが子供の時にも、同じように揺れる連結部内部を楽しんだモノだ。 酔っぱらって、それを思い出しているのだと思う彼に気が付いたのか?窓と車内に顔を往来させる顔がこちらを向く。 全体的に灰色っぽく、無表情な中年男性の顔が窓に貼り付き、Oをまっすぐ見据えながら、顔を引っ込め、覗かせるという先程の運動を再開した。 「うっ」 思わず呻いて、目を背けるOに乗客の視線が集中する。数秒後、終点のアナウンスが響き、恐る恐る顔を上げると、窓から覗く顔は消えていた。 呆然とした感じで、ホームに降りたOは、自分より前にいるであろう、男の姿が無い事に驚く。他の車輌に移動したのか?そう考える彼の頭は、ホームと改札の場所を見た直後に、強い怖気と共に、全てを理解した。 彼が乗っていた車輌は、最前車輌より2輌目だった…(終) 
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