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ep.1 奇人に遭遇。
「あっ、神田さん、栄枝産業に修正前のパンフ持ってってません?このファイル、置きっぱなしなの、これ、こっちが新しい修正版ですよ」
隣の席の乱雑な書類の山を眺めて、芝田さんが嫌そうに指差す。
「えっ。うっそ?! あいつ、ぼけっとしすぎ!」
神田のやつ、さっき携帯で女の子に昼休みのランチの予定を聞きながら、「早めに出ますわー」とかなんとか、浮かれて出ていった。
茶封筒を確認すると、確かに修正版が入っていた。
企業向けの中規模のデザイン会社。
デザイナーと営業、経理など。
新卒で入って営業から始めて、29歳。今は小さいチームのリーダーをやらせてもらっている。
携帯で神田を呼び出しながら、茶封筒とバッグを掴んだ。
「神田? パンフ、間違えてる。今行くし」
一つ後輩の神田はいい加減な男で、世話が焼ける。
早足で何社か入っているテナントビルのエレベーターに乗り込むと、他のオフィスの人の手前、大人しくじっと階数を見つめた。
ミーティングまで間に合うようには、タクシーを捕まえないと。
ロビーを早足で抜けて、表通りの流れるタクシーに手を上げた。私に気がついて黒い車が速度を緩める。
「小森さーん、ランチですか?」
突然、大きめの声で呼びかけられて振り返ったら、別のチームの後輩の森口さんがお使いから戻ってきたとこらしく、近所のお菓子屋っぽい紙袋をいくつか持っている。
「まだー。ちょい急ぎ!」
軽く返事をして、道路に向き直ると呼び止めた黒い車がちょうど目の前に停まった所だった。
一歩、踏み出しかけると、横からスーツの男がさっと横入りした。
ハァ!?
横取り!?
「ちょっと、すみません! 私のタクシーなんですけど!?」
「は?」
見かけない顔の長身の同世代っぽい男が、後輩みたいな男性と立っている。
「すみませんけど、急ぎなんで」
このビルの他の会社の客かなんかだろうけど、時間がない。
これは、譲れない。
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