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「着きました」
運転手さんの言葉で、自分で車を降りると、ジャイアンもとい、加賀宮流翠は背伸びをした。
「いくぞ」
運転手さんがドアを開けてくれるので、渋々車を降りた。
車から降りても来ない秘書に視線を送ってみたけど、彼は必死になにかパソコンしていた。加賀宮の命じたドタキャンの穴埋めでもしているのだろう。
なんで、なにが楽しくって、昼休みにバッティングセンター?
嫌々ついていく私を無視して、加賀宮は嬉々として、準備している。
バッティングセンターっていうから、打つのかと思ったら、バッティングセンターの端の9つのパネルをボールで打ち抜くストラックアウトゲームへ向かう。
「これ。勝負するぞ」
「あの……これ、なんなの?」
「あの試合まで、俺、29戦連続安打してたんだからな」
は?
「お前のせいで、記録が途切れた」
「私、ピッチャーだったとか、そういう話?」
「そうだ」
あ。
僅かに、思い出した。
一度、珍しく、私立小学校の野球チームと試合した。綺麗なユニフォームに、お母様方の差し入れなど、ちょっと雰囲気が違ったというのをぼんやり覚えている。
でも、それは、正式なゲームじゃなくって、交流戦だからって、私が五年の時、六年生に混じって何回か投げさせてくれた時だ。
「貴方、もしかして、一個上?あの時、私が三振取った子?」
「なにか悪いか!なぜか、あの時、俺は調子が悪かったんだよ!」
馬鹿だ。
この人。
六年生の男子が、5年生の女子に三振を取られて、何十年も覚えていたのか?
「私の名前、憶えてたの?」
「ああ。ひなこなんて、女々しい名前のガキに三振取られたって、さんざんな目にあったんだよ」
「へえ」
本気の馬鹿だ。
見た目、すごい出来る人なのに、すごく残念。
なんかこんな残念な人に、今更、負けたくない。
ボールを投げるのは、本当に中三の最後の試合以来だと思うのに、こいつには負けたくないと思い始めた。
負けず嫌いなのは、あの頃から変わらない。
いや、きっと、歳とともに拍車がかかってる。
「私に勝って、どうするの? 野球なんか、大昔からやってない」
「言い訳すんなよ。俺の勝ちだって、認めればそれで良いんだよ」
「あっそう」
負けたくないけど、なんだかな……。
この男、本当に、馬鹿なのかな。
スーツのジャケットを脱ぐと、張り切って白いシャツを腕まくりしている。
その腕の雰囲気からいって、鍛えてる。
身長もあるし、それは、こいつが勝つに決まっている。
あー、うざい。
何なんだよ、もうっ。
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