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交渉
「……なるほど」
発売日の10日前、ニコラスとハンスはファンタジークリエイト社の応接室へと出向いていた。広報課長の阪谷は難しそうな面持ちで二人の話を聴く。
「時代や流行が変わっても胸躍る気持ちは変わらない。プレゼントを心持ちにしている子供達の笑顔こそが我々の願いなのです。よろしくお願いします」
ハンスは精一杯の誠意を込めてそう告げた。
「お気持ちは十分わかります。しかし私達にもできることに限界がありまして」
阪谷は困ったような面持ちで口を開いた。
「私達メーカーとしては通常のお客様と転売目的の方との判別を行うのはなかなか難しいんですね。たとえ複数個の購入があったとしても複数の方へのプレゼントとして買うケースも考えられますし、転売の確証を持てないんです。ですからお売りする方への拒否を簡単にすることはできないんです」
「そうか。確かに阪谷殿の仰ることも分かるがの……」
ニコラスはそう言い、黙り込んだ。
ーー何か、何か打開策はないのか?
空気が重く沈む中、ハンスは頭を巡らせた。目当ての物が足りなくなった経緯、オークションサイトでアルティミットロボOnigoroshiが高値で取引されていたこと、インターネット取引の概要、会議でのハンスの発言、そして周りのサンタクロースの反応、そしてアルティミットロボOnigoroshiのおもちゃとしての性質……。
「あ!」
ふとハンスが声を上げた。
「どうした?ハンスよ」
「支部長、策を思いつきました。少し大掛かりな案件になりますし、効果も未知数ではありますが……」
「大掛かりじゃと?」
ニコラスが怪訝そうな表情を浮かべる。だがハンスは自信たっぷりな声で話を続けた。
「はい。そうですね……。阪谷さん、各店舗への発注状況がわかるものはありますか?」
「一応ありますが、内部情報なので今日限りで数字は忘れてくださいね」
阪谷はそう釘を刺した後パソコンのデータを開き、ハンスへと見せた。
「なるほど……。支部長、極東支部のサンタ200人と、従順さと賢さ、優しさ、そして度胸の面において選りすぐりのトナカイを200頭用意できますか?身体能力は多少劣っていてもいいです」
データを一通り見た後、ハンスはニコラスにそう尋ねた。
「…………それで効果はあるのかの?」
「未知数ではあります。ですが、何もやらずに座してクリスマスを待つよりはやって後悔した方がいい。それと、実際に商品を売るお店の方々にも協力をしていただきたいことがありまして……阪谷さんを通じて何とかお願いできませんか?」
ハンスはそう告げ、思い浮かんでいた策を2人に明かした。
「…………なるほど。私は管轄外ですが、やってみる価値はあるかもしれません。営業担当に同期がいるので話をつけてみましょう」
阪谷はそう答えた。阪谷も玩具メーカーの職員だ。子供に笑顔を見たい気持ちは変わらない。
「ありがとうございます」
ハンスは丁重に礼の言葉を述べた。
「発売日は12月13日、発売開始時刻は17時で間違いなかったかの?」
ニコラスがそう問いかける。
「はい。学校に通っている子供や仕事終わりの人も買いに来やすい時刻に設定しました」
阪谷がそう答えたところでニコラスはハンスの方を向いた。
「ハンス、その日はお主もどこかの店に出向くがいい。お主の策が吉と出るか凶と出るか、しかと見届けよ」
「かしこまりました」
ハンスはニコラスの瞳をまっすぐに見つめ、そう言った。
勝負の日は10日後だ。
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