Ring

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Ring

「…っ、は…」 「ぁ…」 ギッギッと軋むベッドの音で体が更なる熱を生むと、シーツへと投げ出された彼女の腕にゆっくりと指を這わせた。 絡み合わせようと指を伸ばすと、熱に侵された甘い声が僕を誘惑する。 「ジ…ン…指輪」 僕はこの瞬間が堪らなく好きだ。僕との情事に背徳感を感じながらも、この一瞬だけは僕を独占したくなるんだろ。そんな姿を見るだけで体の奥が小さく疼く。 でも今日は…いつもならすんなりと外すこの指輪を外さないと決めていた。 「だめ、外さない」 彼女の指を無理やり絡め取ると、指輪をはめたままの僕を見つめる彼女がぶんぶんと首を振る。 「あ…、なんでっ、やだ…」 「今日は外さない」 「ジン…ふっ、んん…っ」 震える声を奪って、噛み付くように唇を塞いだ。 「うっ、んっ…ジ…」 「はっ…泣くな」 「ぁっ、いや…ど…して」 「いいから。余計なことは考えないで」 僕の絡めた指を解こうと捩る体を押さえつけて、さっきよりもっと深く体を沈みこませた。 指輪はもう外さない。 何もかもどうでも良くなるほど僕に溺れて…君はそのまま僕の中に堕ちていけばいいんだ。 "これは僕が僕でいる為に必要なものだから" 指輪を見る度に苦しくなると言う私に、ジンはなんの迷いもなくそう言った。 「ジン…好きって言って」 「…すごく好きだよ」 愛おしそうに頬を撫でられると、胸の奥はいとも簡単に情欲を抱いてしまう。 「なんで、そんなに嘘が上手なの…?」 「どういう意味?」 「そんな言い方されたら…本気なのかもって勘違いしちゃうよ」 「いいよ…勘違いしても」 なんてずるい人なんだろう。 目を細めたジンにベッドに倒されて、色素の薄いピンクの唇が私の体を辿っていく。恋しくて仕方がなかったジンの香りはイケナイ薬のようで、私の理性を少しすつ蝕んでいった。 覆い被さるジンの長い髪の毛から滴る汗が私の汗と混じりあって、唇の隙間から溢れるどちらのものか分からない雫を彼の舌がすくえば…もう後戻りできなくなる。 与えられる刺激に従順になると、何もかもどうでもよくなってしまうのだから。 私はジンにとって都合のいい相手だということも。 私は愛されてなんていないということも。 ジンが、他の女の人のものだということも。 「は…っ、ねぇ、いい…?」 「うん…ジン来て…」 「…っ」 「あっ、ん…っ、はぁ」 「ねぇこっち見て…」 「んっ…ジン…」 「は…可愛い、好きだよ」 「ぁ…っ、わ…私も好き…」 それでも…どんなに思考を手放そうとしたって、ジンの腕の中で快感に溺れていたって、いつだってそれは私たちを許してはくれなかった。いつ会っても、何度体を重ねても…ジンの薬指に光っている指輪。 こんなに好きだと言ってくれるのに…愛してると囁いてくれるのに…その指輪を外して会いに来てくれたことは一度もなかった。 どんな言葉を交わして、どんな風に体を重ねても、『ジンは私のものだから』その指輪にそう言われているような気がした。 どれだけ私がジンを恋しがったところで…彼が私のものになることはない。 ならばほんの僅かな時間でいい。 手を重ね合わせるその時だけ…。 たった数分だけ、私たちが許される時間が欲しい。 ジンの指が私の指先に近付くと、熱を持った指先に触れる冷たい指輪。 他には何も望まないから…この瞬間だけ…。 「ジ…ン…指輪」 「だめ、外さない」 ねだるように指先を掴むと、ジンは私から視線を外すことなくそのまま指先を絡めながらそう呟いた。 「あ…、なんでっ、やだ…」 「今日は外さない」 「ジン…ふっ、んん…っ」 何も言うなといわれているような深いキスに、反射的に溢れ出した涙が汗に混じった。 いやだ。そのまま指を絡めたりしないで。 この熱が全て奪われてしまう。 どうして。いつもは、この瞬間だけは外してくれるのに。指輪をはめたまま、指を絡めたりしないのに。 「うっ、んっ…ジ…」 「はっ…泣くな」 「ぁっ、いや…ど…して」 「いいから。余計なことは考えないで」 さらに深く重なる体に、段々と意識が遠くなっていく。 あぁ、そっか…。何も許されていないんだ。 この一瞬…外したところでジンが私のものになっているわけじゃないんだ。 本当に…酷い人だね。 そんな風に分からせなくても、私はもう十分過ぎるほど分かっているのに。 分かっていてこの場所にいるのに。 そうやってまた…私を逃げられないようにするんだね。 ............................................................................... 「ジン最近その指輪お気に入りだな」 「そうだね、これは大切な指輪だから」 「それいつ買ったやつ?確かみんなで行った旅行先だったような…」 「さぁいつだったかな」 「それよりも僕は、なんでジンがその指輪を右手につけかえたり、左手につけかえたりするのかが気になるんだけど」 「…それは用途に合わせてだよ」 「用途?」 「ふふ、お前も恋愛したら分かるんじゃない」 「ジンまさか恋人ができたの?聞いてないけど!」 「さぁどうだろうね」 「だめだろ、今は恋愛なんてしている暇は…」 「分かっているよ。本気になんてならないさ」 この指輪は特別なんだ。 彼女に本気にならないように、僕を抑えるお守りのようなものだから。 そして…存在もしない誰かに嫉妬をしながら、僕を愛すことをやめられない、可愛い君を僕の手の中に置いておくことができるものなのだから。 嘘をついてごめんね、でも僕はまだ君を手放す気はないよ。
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