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とりかえばや
ぼくと妹は正反対だ。何も性別だけがという話ではない。両親は「神様のイタズラだ」と冗談めかしてよく笑う。ぼくも妹もそのたびに不思議な気持ちになるのだが、ぼくと妹以外の皆がそう笑うので、きっとぼくたちの感覚の方がおかしいのだと思う。
ぼくと妹は意外と仲が良い。妹はどう思っているのか知らないが、ぼくは妹のことはそこまで嫌いではない。自分と違いすぎると、却ってそういうものなのだと思うようになるらしい。きっと自分に似ている相手の自分と似ていない部分の方が目につくのだと思う。ある日鏡を覗いて、自分の鏡像が自分と対照でないことに気づいてしまった時、まともで居られる者はいないのではないだろうか。
ぼくと妹はよく一緒に出かける。正反対のぼくたちは大抵やりたいことが一致しなくて、それぞれの目的に付き合うことになる。ぼくがめがねを買うのに妹は付き合い、妹が服を選ぶのにぼくは付き合う。ぼくが靴を買うのに妹は付き合い、妹が本を買うのにぼくは付き合う。そうやって過ごしている。もう長いことそうしているので慣れたのだが、それでも食事だけは困る。ぼくがパンケーキを食べたい日、妹はラーメンが食べたい。ぼくがフルーツサンドを食べたい日、妹はカツ丼が食べたい。当然だが食事は一度につき一回しかできない。譲り合えばいいじゃないか、思い思いが好きな店に入ればいいじゃないかと思われるのだろうが、ぼくたちはそんなことはしない。大抵の需要が満たされるファミリーレストランへ行く。あそこは本当によくできていると思う。
「光雄は今日は何食べたいの?」
妹はぼくのことを名前で呼ぶ。お兄ちゃんなどと言われたことはない。たかだか数分早く産まれただけだろうというのが本人の言だ。ぼくが妹の立場だったら、「お兄ちゃん」と呼べる唯一の機会に等しいのだから、フル活用するのだが。こういうところも正反対なのだ。
「ぼくはカレーライスかなあ。お腹空いてるし大盛りにしちゃお。光子は?」
「私全然お腹空いてないんだよね。何か飲み物だけ注文しようかなあ。」
ぼくたちは行き慣れたファミリーレストランに向かう。店員が「いつもの兄妹か」みたいな顔をして席へ案内する。きっと裏ではあだ名でも付けられているんだと思う。ぼくはカレーライスの大盛りを、妹はメロンクリームソーダを注文した。それぞれ店員に伝える。
ぼくたちは今日は窓際の席に案内されていた。ファミリーレストランの逆さになったロゴ越しに、外の景色が見える。時々道を歩く人と目が合った。皆目をまん丸にしている。
「……ぼくたちどういう風に見えてるんだろうね?」
「さあ?すごくそっくりだなとでも思われてるんじゃない?」
ぼくの対面に座った妹は、特に何の表情も浮かべずに応えた。きっとぼくも妹とまったく同じ顔をしているんだと思う。きっとぼくの鏡像がそこに座っている。まったく同じ顔。でもどうだろう、細部がなんだか、全然、違うんじゃないだろうか、
「お待たせしましたあ。」
カレーライスが妹へ配膳され、メロンクリームソーダはぼくに配膳された。店員は伝票を置いて去っていく。妹は横目で店員を見送ると、無言でカレーライスとメロンクリームソーダの位置を変えた。カレーライスはぼくの元に。メロンクリムソーダは妹の元に。
「……こういう時さあ、」
妹は無表情でメロンクリームソーダにスプーンを入れる。頬杖をついてアイスクリームをつついている。
「絶対逆に配膳されるよね、私たちちゃんとそれぞれ注文してるのに。」
ぼくは無言でカレーライスにスプーンを入れた。妹の言う「こういう時」を明確に表せる言葉を探しながら。
「わたしたちどういう風に見えてるんだろうね?」
ぼくの鏡像がぼくみたいなことを言って、さくらんぼを齧る。妹の鏡像は応える。
「さあ?すごくそっくりだなとでも思われてるんじゃない?」
「……まあ確かにそうだよね。」
ぼくの鏡像はずずず、とストローを啜る。
「……わたしたちこんなに違うのにね。」
妹の鏡像はポニーテールを揺らして顔をカレー皿に近づけた。今日は生成りの白いワンピースを着ているので、ルウが跳ねたら大変だ。ぼくの鏡像は瞬く間にメロンクリームソーダを平らげ、坊主頭をざりざりと撫でた。
ぼくたちはまともだ。対照ではないけど。
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