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「アレドさん、何から何までありがとうございます。それにしても領主さまが異界人なのにこの街を治めてるっていうのが、ちょっと信じられないことなんですが……」
ずるぺたと音を立てて歩きながら尋ねてみる。
私なら逆立ちしたって無理だ。
「アレドでいい。そうだな、ムドゥさまは物凄い切れ者だよ。やってきて十数年ほどでこっちにはなかった商売で巨万の富を築いたんだ。それだけじゃない、その儲けを自分の物にはせずに街の発展のためにつぎこんだ。このピフォテの街が潤っているのはムドゥさまのおかげだ」
アレドの顔は尊敬に満ちている。
当分元の世界に帰れるあてはなさそうなので、その商売を教えてもらえるだろうかと思ったところでアレドは立ち止まった。
「ここがムドゥさまのお屋敷だ」
「へ?」
お城のような建物を想像していたので拍子抜けした。
お屋敷と呼ぶにはちんまりとしているのではないだろうか。
アレドは玄関先で家人と思われる初老の男性と話している。
「トウゴ!話がついた。詳しいことはこのレジェスさんに聞いてくれ!何かあったらいつでも俺の所に訪ねてくるといい。じゃあな!幸運を祈る!」
なかなかの急展開だ。
「トウゴさま、わたくしは家令のレジェスと申します。急なことでお困りでしょう。アレドから聞いています。まずは食事を用意致します。そのあとで旦那さまがお会いします。それまではゆっくりお寛ぎ下さい」
「いや、さまづけとか落ち着きませんよ、ゆっくりできませんからどうか呼び捨てで。どうしてこんなによくしてくれるんですか?」
「旦那さまから、異世界からの旅人は丁重におもてなしするようにことづかっております。旦那さまもこの世界にやってきた時に、そうして受け入れられたのだそうです。この土地だからこその幸運だったと常々申しております。その恩返しなのだとか」
大きくはないが、整頓された気持ちのいい客室に通された。
運が良いとかえって心配になるのは私の悪い癖だ。
食事に何か入ってはしないか、むしろ私が食べられてしまったりはしないか。
アレドにもらった食べ物で腹ぺこ死はまぬがれたものの、空腹には勝てなかった。
運ばれて来た食事は、見慣れない食材もあるが温かくとても美味しい。
気持ちはすっかり楽になった。
ほどなくして立派な扉の前に案内された。
「入りなさい」
響いてきたのは重厚で知的な男性の声。
私はどこかホッとしていた。
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