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 資格の取得を目指す傍らで、瑠美は瑛児の母から着付けや生け花を習うことにした。  これは別に、ゆくゆくは瑛児の実家の事業を手伝うだとかそう云う話ではなく、美姫と仕事をすることになった場合だったり、自分で起業する場合に手数が多い方が有利だと考えたからだ。 「瑠美ちゃんはなんでも器用にこなすわね」 「そうですか?」  教わった手順を思い出しながら、瑠美が一人で着物を着ていると、それをそばで確認する義母は感心したように呟く。 「うちの娘たちは本当に不器用でね。かろうじて未散が、人の着付けがようやく出来るくらいなの」 「あれ?お義姉さん、よく着物着てる気がしますけど」  帯の様子を確認してもらいながら、未散が何度か着物姿で家に遊びに来てくれたのを思い出す。 「違うのよ。あれは、わざわざうちに来て私が着せてるのよ。全くやる気がないのよね」 「はは。お義姉さんらしいですね」  さっぱりした性格の未散を思い出して、瑠美は思わず笑ってしまう。  たれ先が少し長過ぎるかなと、義母が帯を調整しながら、困った娘でしょと眉を寄せる。 「未散は本当に口が達者で困った子よ。瑠美ちゃんの家によく行ってるみたいだけど、あの子に変なこと言われてない?大丈夫?」 「いえいえ。いつも良くしてくださって。私の体調を気遣って、この前も大変だろうからって換気扇の掃除とかして貰ってしまいました。あはは……さすがに甘え過ぎですね、私」  瑠美は姿見を見ながら、なるほどと帯の出来上がりを確認する。 「いいのいいの。それくらいこき使ってやってよ。瑛児もそうよ?気が利かないから本当に心配だわ」 「瑛児さんは優しいから、いつも助けてくれますよ。昨日もコロッケ作ってくれました。美味しかったですよ」  何気ない会話をしながら着付けを終えると、次はすぐに生け花の稽古に取り掛かる。  義母が女将として店に立つ料亭は、夕方からの営業なので、瑠美は滑り込む形で午前中にこうして教えを乞いに来ている。  本来なら午前中も忙しいのだろうが、瑠美の申し出をワガママとは言わずに、快く引き受けてくれる義母には感謝しかない。 「そう云えば、来週お母様とアフタヌーンティーに行くのよ?瑠美ちゃん、お母様から聞いてる?」 「そうなんですか?もう、ごめんなさい。うちの母は遠慮を知らないから……お義母さんはお忙しいのに」 「そんなことないわよ。良い息抜きをさせてくれるから感謝してるの。本当に瑠美ちゃんだけじゃなくて、有難いご縁だわ」  瑠美は義母と話す度、彼女は料亭の女将をつとめるだけあって、会話の端々に気遣いがこもっているといつも思う。  こちらばかりが甘える一方なのを申し訳なく思いながらも、その優しさに甘えてしまいたくなるから困ってしまう。  そんなところは、もしかすると瑛児に遺伝しているかも知れないと、瑠美はこっそり二人の共通点を感じていた。
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