879人が本棚に入れています
本棚に追加
56
凄惨な事件から4日。
瑠美が目を覚ますと、そこには泣き疲れたのかげっそりとした母、父と弟妹、そして瑠美の手を握る瑛児の姿があった。
「瑠美……良かった」
瑛児と母は声を揃えて呟いた。
ここがどこなのか聞こうとして、背中に激痛が走り瑠美は眉を寄せて顔を顰める。
「瑠美、まだ無理しちゃいけない」
瑛児が申し訳なさで泣き出しそうな顔をする。そして愛おしげに瑠美の髪を撫でると、誰かと会話している。
しばらくすると白衣を着た女性が現れて、ようやくここが病院のベッドの上なのだと気が付いた。
瑠美はあの時、咄嗟に優希から瑛児を庇った。その時背中を刺され、その傷は腎臓付近にまで至り、出血性のショックから一時的に意識不明の重体に陥っていたようだ。
奇跡的に内臓を外れた外傷だったおかげで命拾いしたことになる。
沈痛な面持ちで瑛児の口から語られたのは、優希は殺人未遂の現行犯としてあの場で逮捕され、彼女が持っていた刃渡り17センチの包丁が凶器だったらしいが、傷自体はそこまで深くない。
「瑛児に怪我がなくて良かったよ」
あの時は届かなかった手を頬に添えると、瑛児は堰を切ったように涙を流して謝った。
自分のせいだと責めるように呟く瑛児の肩を、瑠美の母がポンと叩いて、その様子は怒っているようにも慰めているようにも見えた。
しばらくするとICUから一般病棟に移り、個室での入院生活が始まった。
年が明けて瑛児は仕事も忙しいため、泊まり込みでの入院が許可されたこともあって、瑠美の母がほぼ付きっきりで看病してくれている。
「瑠美、お義母さんが来てくれたわよ」
世間の冬休みも終わった頃、料亭の女将として忙しく過ごしているはずの瑛児の母が、瑠美の元に見舞いにやって来た。
「瑠美ちゃん……私はなんてことを」
義母が瑠美の姿を見るなり泣き崩れるのを、瑠美の母が支えてソファーに座らせる。
「ごめんなさい。ごめんなさいね」
顔を覆って号泣する義母は、優希が日本に戻って来ていることを知っていたという。
彼女の両親から優希は精神的に快復したと聞かされていたし、昔からの付き合いのある家の娘であることに変わりはない。
だから何気なく瑛児が瑠美と結婚したことを、優希の両親に話してしまったそうだ。
義母は、優希が当時から瑠美を殺すとまで騒いでいたことを知らなかったらしく、詳しい事情を把握できていなかったのだ。
「お義母さん大丈夫ですって、私は元気ですよ。瑛児がお義母さんに全部話してなかったのがいけないんです。あの人には一生使って責任取ってもらいますから」
瑠美がそう言って笑うと、謝っても取り返しがつかないと義母は肩を震わせる。
瑠美は苦笑して母に義母の相手を頼むと、目線でそれを把握した母が義母を部屋から連れ出した。
「ふう……」
窓の外を眺めて溜め息を吐く。
幸い後遺症が残っている様子はなく、少しリハビリは必要になりそうだが、退院したら日常生活に戻れると聞いている。
まだ傷口は痛むし、一人で起き上がることも出来ないけれど、ずっと寝たきりで過ごす訳ではない。
「みんなに心配掛けちゃったな」
義母もそうだが、瑛児も同じような顔をして瑠美を見つめるようになった。
重たい十字架のように責任を感じて欲しい訳じゃないのに、未然に防げたかも知れないと云う思いからか、瑠美を見る度に悲痛な顔をして表情を歪める。
「なんか、やな空気だな」
独りごちてもう一度大きな溜め息を吐き出すと、瑠美は襲って来た睡魔に抗えずにうとうとして眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!