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瑠美が次に目を覚ました時、やはり沈痛な面持ちでその顔を覗き込む瑛児の姿があった。
「あれ、来てたの?お母さんは?」
「おはよう。よく寝てたみたいだね。今週末は俺が来れるから、お母さんは一旦家に帰ったよ。日曜の夜にまた交代」
「そうなんだ。そう云えばお義母さんが来てくれたよ。泣いて謝られちゃって、どうしたらいいか分かんなかった」
「……そうか」
瑠美の手を握ったまま、瑛児は更に表情に暗い影を落とす。
「だからね、瑛児が悪いから一生使って責任取ってもらうって言っといた」
「瑠美……」
「あのさ、誰が悪いとか誰の責任とか。そう云うの、どうでも良くないかな」
「よくはないでしょ」
「でも刺されたのが瑛児だったら嫌だもん」
「……でもそうであるべきだったと思う」
瑛児は反対の手で拳を握って口元に寄せる。歯痒くて仕方ない。そんな顔をしている。
「バカなんじゃないの」
「え?」
「私助かったし、一生寝たきりの生活になった訳でもないよ?なのになんでそこまで被害者ヅラしてんの」
「でも瑠美」
「いや。でもとかいいから。被害者ヅラして傷付いていいのは私だけのはずでしょ。なのになんで瑛児を慰めなきゃいけないと思わせるの。入院してしんどいのも痛いのも私だよ。分かってる?」
「ごめん」
「ごめんって何に対して?傷付けるような事態に巻き込んだこと?被害者そっちのけで感傷に浸ってること?」
「どっちもだよ」
「いや、被害者ヅラしてることを反省してよ」
つい大声が出て傷に触る。痛みが走って表情を歪めると、瑛児が慌てたように立ち上がってナースコールを押す。
「なにしてんの」
「痛むんでしょ?」
「大声出して響いただけだよ。大袈裟だな」
「でもなにかあったら……」
瑛児の呼び出しで駆け付けた看護師に背中の様子を診てもらうが、傷が開いた様子はない。
大袈裟なのだと改めて溜め息を吐くと、瑛児は言い淀んでから、事件が起きた時の出血の様子や感覚が残っていてフラッシュバックがあると言う。
「どんどん瑠美の体が冷たくなる感じで、足元に血溜まりが出来て……」
「痛い痛い!やめて、なんか凄い痛い」
「俺だって思い出したくないよ」
「私だってやだよ!?」
瑠美が可笑しくて吐き出すと、ようやく瑛児が本来の笑顔で笑う。
「こんな辛い思いさせたのに、なんでそんな優しいの」
「優しいかな。だったら心の広さじゃない?」
「なるほどね」
ようやく普通に会話できる空気になって、瑠美は饒舌に喋った。
その後、夕飯を一緒に済ませてトイレや体を拭く手伝いをしてもらうと、瑛児は病院が用意してくれている簡易ベッドを広げて寝る準備をしている。
母によると、瑠美はたまにうなされていることがあるらしい。刺された時の生々しい感覚はないが、体に恐怖心は植え付けられてしまったようだ。
「瑛児、もっとベッド寄せてよ」
「ん?」
「修学旅行的な、まだ起きてる?みたいな話しながら寝ようよ」
「分かったよ」
消灯時間が過ぎて、そのあと何度か見回りに来る看護師に声のボリュームを注意されながらも、その夜はうなされることなく眠りについた二人だった。
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