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 結婚式を翌日に控えた夜。  このところ精神的に参っている様子の瑠美を見かねた瑛児は、気心が知れていて事情の説明も必要ないからと大智を家に招待した。 「ハッピーバレンタイン。瑠美ちゃん!無事でよかったよー」 「ありがとう大智くん」  玄関先でプレゼントを受け取るなり、大智をハグして出迎えると、瑛児はその様子に頬を引き攣らせながらも苦笑いを浮かべている。 「とりあえず、入りなさいな」  泣きながら抱き合って離れようとしない二人を引き剥がすと、瑛児は大智の首根っこを掴んでズルズルとリビングまで引きずっていく。  優希に襲われたことで瑠美だけでなく瑛児も精神的に参っているのは明らかだ。  大智もそれを分かっているからか、ソファーに座るとすぐに瑛児に向かって涙を拭きながらよかったと繰り返す。 「瑛児さんも、本当に……無事で良かったです」 「大智くん泣きすぎじゃない?」  しゃくるように嗚咽を漏らす大智にティッシュを渡すと、そのまま大きな背中をさすりながら瑠美が苦笑する。 「そりゃ泣くよ。俺、結構後で聞かされて、聞いた瞬間、優希さんのこと思い出してゾッとして。気が気じゃなかった」 「ごめんな、心配掛けて。しかも俺ならまだしも瑠美が怪我することになって……」  持ってきた缶ビールを大智に手渡すと、瑛児はラグの上に直接腰を下ろして足を崩す。 「それは瑠美ちゃんの性格上、なるべくしてなった気がします。俺がその場にいても咄嗟に瑛児さん庇ってたと思うから」 「なんでみんな俺を庇うのよ」  瑛児が困ったように眉を寄せる。 「そんなの当たり前じゃないですか。大事だからで、他の理由なんてないですよ」  当然だと言わんばかりに言い切ると、瑠美に同意を求めて大智が振り返る。 「……そうだね。なんかもう気が付いたら咄嗟に体が動いちゃったんだよね」 「でしょ。大事な人を守りたいのに理由なんかないよ。ましてや相手はずっと前から陰湿に瑛児さんを苦しめてきた人だし」  大智が何気なく言う一言一言が、どれだけ二人を救う言葉が分からない。 「瑠美ちゃんは、瑛児さんのためにももっと自分を大事にしてね。危ないことは二度としないこと!」 「お、うん。分かった、約束する」 「瑛児さんは、なんでも一人で抱え込まないこと!瑠美ちゃんに言えないなら俺が聞きますから、吐き出すことを覚えてください」 「分かったよ。肝に銘じる」  それから料理を温め直して、3人で食卓を囲み、いよいよ明日に迫った結婚式についての話で盛り上がる。 「瑠美ちゃんのウェディングドレスか」 「大智くんの嫁にはならなかったけど、明日見られるからいいんじゃない?」 「あれ。瑛児さん、そう云う意地悪言いますか」 「意地悪のつもりはないけどね」 「そうですよね。意地悪してなかったら、前日の大事な時に俺を呼んだりしませんよね」  ニヤリと大智が笑って白い歯を見せる。  その後も3人で楽しくお酒を飲みながら食事して、結局酔い潰れた大智はそのまま二人の家に泊まって、明け方になって騒がしく帰宅していったのである。
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