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家に篭って勉強する毎日が続く中、瑠美がそうやって過ごしていることを知っている者は、大抵ヒマなんだろうと、予告もなしにやって来るのである。
「本当に何にもないよ?」
「いいのいいの。本当に近くに来たから、ケーキ持参で遊びに寄っただけだって」
この後も予定あるしと、美姫はキョロキョロと部屋を見渡しながら、リビングのソファーに当たり前のように座り込む。
「コーヒーにするか紅茶か、どうする?」
「ホットミルク」
「そうくるか」
瑠美はキッチンで飲み物を用意しながら、無遠慮に家の中を探索しようとする美姫に、改めて何もないよと声を掛ける。
「いや、でもまさか瑠美がこっち系の資格取ると言い出すとはね」
テーブルに出しっ放しになっているテキストを手に取ると、パラパラと捲りながら尊敬するわと美姫が呟く。
「なに言ってんの。美姫こそプロだし、そっちの方がすごいじゃん」
ご所望のホットミルクが入ったマグカップをダイニングテーブルに置くと、こっちで食べるよと瑠美はお皿にケーキを取り分ける。
「いや、それは必要に迫られて覚えてきたことだからさ。自分で資格を取ってとか。今の仕事そんなにハードなの?」
ダイニングテーブルの椅子を引くと、そのタルトは私のと言って、美姫がお皿を手元に置く。
「いや。だから別に不満がある訳じゃないって言ったでしょ。でも漠然とさ、子育てしながらだと今のペースでは働けないし、それをリカバリーする人手が要るようになるんじゃないかって思ったワケよ」
瑠美はようやく椅子に座ると、苺のミルフィーユを目の前に手を合わせる。
美姫に答えたとおり、今すぐ辞めるだとか、誰かに何かを指摘された訳ではなく、あくまでも瑠美が個人的にそう思っているだけのことだ。
「まあ、会社組織で働くってそう云うことだもんね。誰かの不得手を補う人が居たり、不調のフォローをしたり」
タルトが美味し過ぎると、フォークを器用に使って切り分けると、そのまま美姫が瑠美の口元にそれを運ぶ。
「そうなんだよね。なまじ仕事をきちんと任せてもらえる立場になって、それに100%で応えられるかどうかって考えると、机上の空論なんだけどね」
こっちも食べる?とミルフィーユを取り分けて、瑠美は考え過ぎとは思うけどねと呟く。
「まあ、起こる前に色々考え過ぎだよね」
「そうなんだけどさ。でもいざそうなった時に、ノープランで居るよりはいいと思うわけよ」
「だから勉強してる、と。いいんじゃない?自己満足でも、結果的に可視化できる物が残る訳だから」
私だったらしないけどねと、美姫はホットミルクを飲んで口元を拭う。
瑠美も実際、色々考え過ぎだし、先手を打ち過ぎなのではないかと思っているが、美姫の言うとおり結果的に手に職がつくのだから、無駄にはならないしそれでいい。
生かす機会が来なかったとしても、経験として何かが得られると思ってるから、後悔は残らない気がしている。
その後は美姫の恋愛相談など、久しぶりに色々な会話をして、幼馴染みとの遠慮のない時間を楽しんだ。
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