名前を失くした罪と罰

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「──エバ!!」  あなたが叫ぶように私を呼びました。天使たちに取り押さえられた私を、呆然とした表情で見つめています。 「アダム、アダム、違うの、これは」 「この女は善悪の果実を盗もうとした!!」  男の天使が声を張り上げました。神様がお怒りになるのを、みな怖れているようです。神様のつくった善悪の中で生きる、無知で醜い私たち。 「アダム……!!」  私はせいいっぱい力を込めて、天使の腕を振り払おうとしました。アダムが飛び込んできます。そして、容赦なく暴力的に私を引き剥がそうとしました。まるで普段の優しい彼が嘘みたいに。  天使たちは(ひる)みました。私と違って、アダムには罪状がありません。何の罪もない天使に暴力を振るうことは禁じられているし、やり返したら自分も同等の暴力罪を背負うことになります。  神様が味方してくれたのか、ふわりと空へ舞い上がる風が吹きました。私は天使の腕に噛みつきました。勢いよく解放された私を、アダムが抱いてぐんと空へと飛び上がります。  天使失格の私たちは、果てしない青空に投げ出されました。 「ここを抜け出すぞ。神様がチャンスをくれたんだ」  アダムが力強い声で囁きます。ばさりと広がるアダムの翼は、目も眩むような純白でした。奴隷にはもったいないとよく言われた、自慢の翼です。 「名前が必要なの」 「名前?」 「降りるだけじゃだめ。楽園を通り過ぎたら、お互いの名前を呼ぶの」 「わかった」  誰に聞いたのかなんて、気にする余裕はないようでした。はるか高くまで上昇した私たちは、今度は真っすぐに降りていきます。  どんどん近づいてくる島のような楽園で、天使たちが金色の弓矢を掲げているのが見えます。私たちは反逆者になったのです。  アダムは自慢の翼で華麗に矢をかわしました。楽園を避けてぐんぐん降りていきます。空の底に向かって。  そして──。 「僕の名を呼べ! エバ!」
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