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声が、出ませんでした。
あなたの翼が灼けていきます。私の小さな翼もじゅうじゅう音を立てています。痛い。声が出ないの。助けて。助けて、──。
……どうして。
どうして呼んでいるはずなのに、言葉にならないのでしょう?
「──!!」
あなたが私を呼んでいる。でも、聞こえないのです。あれほどあなたが愛おしげに、何度も呼んでくれたのに。あれほどあなたを愛していたのに。
あなたの手が離れて、天使に追いつかれて、あなたとの距離が開いていきます。
──! ──!!
私は、命を絞るみたいに、声を絞り出したのです。
「……ルシファー!!」
はっとして、口を覆いました。
時が止まったような気がしました。天使たちの顔が、青ざめています。
……私は、どうして。
「よう。また会えたな、天使ちゃん」
視界が黒く塗り潰されました。それは、神様のように美しい翼でした。陽の光からも、彼からも、私を遮ってしまう、漆黒の翼。
誰もが言葉を失う中で、悪魔は私を抱き締めてキスをします。舌が、器用に私の身体を手なづけます。嫌だ。嫌なのに、怖いのに。
頭の奥がぼうっとして、身体と一緒に記憶まで溶けていくようです。
自分がどうしてこんなところにいるのか、あなたというのが誰なのか、わからなくなります。
「……っ、やだぁ、いやだっ……」
唇が離れたとたん、私は泣きながら手を伸ばしました。
彼は戸惑いとショックが入り混じった顔で立ち尽くしていたけれど、悪魔と目が合うと、今まで聞いたことのない激しい憎悪を声に滲ませました。
「……お前ッ、その子に触るな!!」
掴みかかった天使を、悪魔はひょいとかわしました。
それだけでした。
それだけで、翼を失った彼は、奈落へと落ちてゆくのでした。
「──」
大きく見開かれた瞳、絶望に染まった表情。あなたの唇が、私の名前を紡ぎます。
その白いシルエットが、やがて青にのまれて見えなくなりました。
私はずっと、手を伸ばしていました。あなたが消えた空の底に向かって、むなしく、罪で穢れた手を伸ばしていました。
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