22人が本棚に入れています
本棚に追加
一章 売られた日
「日照り続きで、畑にゃ、何も実らねぇ。だから、仕方ないんだ。なあ、辛抱してくれ」
この年、この言葉が、どれほど流れたことだろう。
戦が終わった。
国が変わった。
都が変わった。いや、王が変わった。いやいや、幽閉されていた太子が反乱を起こした。
ちらほらと、聞こえる噂話は、どこから流れてくるものなのか、邑人に分かるはずがない。世の末端を生きる彼らにとって、噂の源がどこだろうと、事の真はといえば、明日の食い扶持のために、娘を手放さなければならないこと――。
「なあに、いい奉公先を見つけてある。心配はいらねぇぜ」
加えて、この決まり文句が煽るように迫る。
斜にかぶった笠の顎紐を手探りながら、人買いが、今日も娘を一人手に入れ、笑みを浮かべていた。
奉公に出れば、家が楽になる。そう娘に嘘振る人買いに、家族はだんまりを決め込んでいた。
邑を出てしまえば、娘は遊里に売られてしまう。
知っている。でも、仕方ない。仕方ない……。
「来年は、稲穂も実る。無事借金も返せて、娘も、戻ってこれるさね」
甘い罠。
人買いのこなれた口上に、家族は騙される振りをする。
戦で荒れた土地に、稲穂が実るのだろうか。
働き手の男衆は、戦に駆り出されたまま帰ってこない。土地を耕すのもままならない。
しかも、石ころだらけの痩せた土地に、耕したところで、何を望めばよいのだろう。
だから。
娘を売れば、家族が食える。
されど、半年食えるかどうか。
それでも、食わねばならぬ。
一人を犠牲にしてまでも――。
最初のコメントを投稿しよう!