一章 売られた日

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一章 売られた日

「日照り続きで、畑にゃ、何も実らねぇ。だから、仕方ないんだ。なあ、辛抱してくれ」 この年、この言葉が、どれほど流れたことだろう。 戦が終わった。 国が変わった。 都が変わった。いや、王が変わった。いやいや、幽閉されていた太子が反乱を起こした。 ちらほらと、聞こえる噂話は、どこから流れてくるものなのか、邑人(むらびと)に分かるはずがない。世の末端を生きる彼らにとって、噂の(みなもと)がどこだろうと、事の(まこと)はといえば、明日の食い扶持のために、娘を手放さなければならないこと――。 「なあに、いい奉公先を見つけてある。心配はいらねぇぜ」 加えて、この決まり文句が煽るように迫る。 (ななめ)にかぶった笠の顎紐を手探りながら、人買いが、今日も娘を一人手に入れ、笑みを浮かべていた。 奉公に出れば、家が楽になる。そう娘に嘘振(うそぶ)る人買いに、家族はだんまりを決め込んでいた。 邑を出てしまえば、娘は遊里に売られてしまう。 知っている。でも、仕方ない。仕方ない……。 「来年は、稲穂も実る。無事借金も返せて、娘も、戻ってこれるさね」 甘い罠。 人買いのこなれた口上に、家族は騙される振りをする。 戦で荒れた土地に、稲穂が実るのだろうか。 働き手の男衆(おとこで)は、戦に駆り出されたまま帰ってこない。土地を耕すのもままならない。 しかも、石ころだらけの痩せた土地に、耕したところで、何を望めばよいのだろう。 だから。 娘を売れば、家族が食える。 されど、半年食えるかどうか。 それでも、食わねばならぬ。 一人を犠牲にしてまでも――。
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