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「沙耶、達者でな」
別れ際、泣いてくれたのは母親だけだった。
幼い弟と妹は、言いつけられて、母の脇でじっとしているのがやっと。別れに立ち会っていると知らされていないからだ。
他に見送り人はいない。
父親は、床で臥せっている。
かわいそうにと、同情を寄せる邑人もない。
――すでに、邑は寂れ果てていた。
「どの道、お前さんは奉公に出なきゃならない身。一年、二年早くだされたからと、親を恨んじゃいけねぇ。そのぶん、稼げるんだ。辛抱しろや」
人買いに道々良い聞かされることといえば、家族のためにという言葉。
(年が明けたら、十五になる。十五になったら、お前は、奉公に出るんだ。)
沙耶が、生まれた時からの決まりごとだった。
十五になったらと――。
(仕方ない。女の子だから。間引かれなかっただけでもありがたいと思わなきゃなあ。)
(仕方ない。仕方ないんだ。)
どうして?
十五じゃないよ。約束が違うよ。十五まで、まだ、あと少し。
暴雨のごとく、大人たちと交わした言葉が沙耶の胸で吹き荒れる。
あと少し――、なのに。
他人からすれば、それっぽっちの話だろう。
しかし、昔からの約束をあっさり覆されて、邑から出された事実は、裏切りに等しい。
都合よく、扱われた。
言ってしまえば、それまでのこと。
ただ、約束を違えた相手は親――。
身を切られるより辛かった。
別れ際の、弟の顔が思い起こされる。
今朝は、機嫌が悪かった。もっと、朝餉を食べたいと、ぐずる幼子に沙耶は自分の椀の中身を分けてやった。
母親は、長旅に備えてと、少しばかり多く沙耶によそってくれていた――。
弟も、妹も、可愛かった。だから、家族を恨んでなんかいない。
ただ、順が変わっただけ。たったそれだけの事――。
口にする呟きは、嘘だ。不満を誤魔化しているだけだ。
だから、本当は恨みないわけがない。
流れる涙が涸れても、許すことができようか。
どうせ行くのだからと、約束をたがえ、あっさり、娘を手放した親のことを――。
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