一章 屋敷勤め

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一章 屋敷勤め

どの道働かされるのだから、どこにいようが変わりない。 いや、遊里へ売られなかっただけついている。 沙耶は、そう思うようにしていた。 あの日以来、彼女の右足はすっかり()えてしまい、動くこともままならない体になっていた。 知っていた。自分は、陰に回れば足手まといと言われていると。 そして、ここの人間が、主人の前では作り笑いを浮かべて、沙耶とうまくやっていると口を揃えていることも。 沙耶が馬車の下敷きになり、それでどうして助かったのか、皆不思議がった。 だが、通りかかったのが、ここの主人、世龍(せいろん)と聞いたとたんに、大きくうなずくのであった。 (さい)(むら)――。 沙耶が生まれ育った邑から、何十里離れているのだろう。 ずいぶん北へ行ったところにある、里山の懐に包まれるかのような小さな集落は、二本の大河に囲まれている。 その支流が邑へ流れ込み、田畑を潤していた――。 そう、石ころ混じりの固い土しかない沙耶の邑とは、ずいぶん違っていた。お陰で、娘を売るまで追い詰められていない。そんな、どこか余裕ある邑の外れに、世龍の屋敷はあった。 以前は、とある官吏の別宅として使われていたもので、こじんまりとしているが、建物の趣味は良い。 元の住人は、国が滅びたと同時に姿を消した。かわって、世龍が突如現れた。 医師である──。 皆、それ以上のことを知らない。 素性が掴めない者であるのに、この邑で、世龍が受け入れられているのは、数日で、どんな病も治してしまう腕があるからだった。
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