一章 屋敷勤め

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沙耶は、偶然通りかかったこの名医のお陰で、命を取り留めた。 一緒だった男は、地面に打ち付けられ、それは、無残な姿で息絶えていたという。 まだ、辛うじて息のあった沙耶は、世龍の屋敷に担ぎこまれ、手厚い看護を受けた。 そして、下働きとして世話になっている。 主人の評判を聞いてか、屋敷には様々な(やから)が集まっていた。 作男、女中、どれをとっても行く当てがないと、世龍を頼って来た者たちで、屋敷では、何十人も使用人を抱えていた。 今も厨房では、五、六人の女たちが、顔を突き合わせ話しこんでいる。 女が、三人寄れば姦しい。 その倍の数いるのだから、仕事どころか。 屋敷の主、世龍は、才気あふれる独り身の男。 仕える女たちの心は自然踊り、身分に差があるのは分かっていても、あわよくばという女心に蓋はできず。語るのは、主人の噂と決まっていた。 沙耶も、抱く思いは皆と同じだった。 しかし、事故のせいで不自由になった体では、娘らしい思いを口にすることも許されない。 ときめく心を押さえこむしかない自分を恨めしく思いながら、皆とは外れて、一人、与えられている仕事に精を出す。 あの時見た姿……。 薄れ行く意識で見た世龍の姿が、忘れられなかった。 漆黒の衣。なぜ、あのような重苦しい衣を身にまとっていたのだろう。 てっきり、黄泉の国から御使(つか)いだと思った。 それに。 あんなに、美しいお方。 あたし……。 みたことない。 蒼白な面持ち。 凛と輝く切れ長の目。 すっと通った鼻筋に、やや薄い唇。 お美しい……お美しい、世龍様。 本当に……。お美しい。 「さあさあ、無駄話はそれまでだ!夕食の準備は、どうなってんだい!!」 女中頭の、華陽(かよう)がやってきた。 たちまち、蜘蛛の子を散らすように、皆持ち場に戻る。 「沙耶!なにやってるんだ!」 華陽の荒々しい声が降りかかる。 足のせいで、壁にもたれかかって作業するしかない沙耶の姿は、傍目には怠慢に映り、役立たずと言われてしまう。 もちろん、沙耶に口答えは許されない。 人とは違う体だから、傷を負った身だから――。
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