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「ごめんね。俺、君の顔が見えていないんだ」
初夏の太陽が照りつける海辺のカフェテラスで、俺は向かいに座る彼女にそう告げた。
「え……?」
小首を傾げるその顔にはモザイクがかかり、表情を読み取ることはできない。
艶のある長い黒髪。透き通るような白い肌。小柄で華奢な体つき。
かつて恋をした人に似ている。
サイトの写真で初めて見た顔も、清楚で可愛かった。
でも、「可愛い」と思ったら終わりだ。自分の脳がその人を「可愛い」と認識した瞬間、顔にモザイクがかかってしまうのだ。
おかげで、今日の待ち合わせにも苦労した。声をかけられても、彼女の顔が確認できなかったからだ。
今までずっと、そうだった。大学の知人も、街中ですれ違う見知らぬ人も、緊急地震速報を伝えるニュースキャスターも、ドラマの中で拳銃を構える女優も。
見た瞬間に「可愛い」と思ってしまった相手は、次の瞬間には顔にモザイクがかかって、永遠に見ることができない。
「ねえ、ちゃんと話聞いてる? 私の目を見て話してる?」
そんなふうに、バイト先のモザイクがかかった先輩に怒られることもしょっちゅうだ。
でも、俺には目や口がよく見えていない。表情も上手く汲み取れない。だから余計に、人間関係がこじれてしまうんだ。
「こんなこと言ったら変な人だと思われるかもしれないけど……。俺、『可愛い』と思った女性には、顔にモザイクがかかって見えなくなっちゃう現象が起きていて……」
こんなことを出会ったばかりの人に話すのは、初めてだ。
俺の話にじっと耳を傾ける彼女は、「あゆみ」と名乗る大学生。
偶然見つけたサイトから三時間だけのデートを申し込んだ相手、いわゆる「レンタル彼女」だ。
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