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親子が光の粒になって消えて行くのを見送った宝良たちは、改めて、明奈の祖母だと言う女性を見る。
祖母――と言うには若すぎる。どう見ても二十代だ。姉妹と言われた方がよほど納得できる。顔はよく似ているが、明奈と比べてずいぶんと鋭い眼差しをしていた。口調も男勝りと言えばいいのか、乱暴で粗野。常に煙草を吸っているのか、全身に煙を纏っているかのようだった。
そして、どこか不思議な雰囲気を持つ人でもあった。
「……で、お前ら明奈の生徒なのか?」
「はい……明奈先生は担任です」
「ふーん。立派に先生やってんのか……」
ほんの僅かに、鋭い眼差しが揺らいだように見えた。が、それは一瞬。すぐにまた、強い意志を宿したような瞳に変わった。
「ここのことだが、私は裏岸と呼んでいる」
「りがん?」
「此岸と彼岸の間……のような場所だ」
「それは……あの世とこの世って意味ですよね……?」
「そうだ。さっき、お前らと黒い影の間には膜があると言ったな? その膜が此岸と裏岸の認識をずらしてる」
「……え? どういう意味……?」
パンクしそうだと、室井が両手を頭に当てる。
女性は表情を変えず、煙を吐き出した。
「ここの場所、此岸と変わらんだろう?」
「景色のことですか? 確かに……場所そのものは変わってないように思いますけど……」
「つまり、此岸も裏岸も場所は同じ。ただ、その膜が認識をずらしてる。そこには農作業してる生きた人間がいて、その道路は車が通ってる。認識できていないだけ。で、向こうからもこっちは認識できない」
宝良は、黒い影が男性の姿になった時のことを思い出した。認識を合わせる。同じところに立つ。
「……俺たちは、膜の内側にいる。みたいなことですか?」
「……ま、そういうことだ。霊が視えるかどうかってのも、この認識の切り替えができるかどうかだ。そこに在るものとしてな」
ぴくり。村崎が反応するが、言葉は発せず、僅かに眉間に皺を寄せる。
宝良は、見えない膜に触れるかのように、手を突き出した。
「じゃあ、膜の外に出れば……」
「ああ、帰れるってことだ」
「帰れる!? そ、それはどうすれば!?」
室井の顔がぱっと明るくなる。
「……そもそも、どうやって入って来た?」
問われて、室井は口ごもった。どう言ったらいいのか、迷っているようだった。
裏岸に入り込んでしまったと思われる場所と、昨日のスーパーでの出来事、その日の夜にあの影を見たこと。室井に代わって、宝良が一通り説明をするのを女性は黙って聞いていた。
「……何らかの弾みで、こっちに迷い込む生者はいるがな……今回は…………時間がねーな」
「時間?」
「いや、何でもない。スーパーに突っ込んだってトラックは、この裏岸から発進したものが此岸に現れたんだろう。関わったお前たちの認識が無意識にずれた。だから霊が影のように見えてしまった……ってとこか。そう気にすることじゃない。霊などいないと思えば見ることもない」
「そ、そういうもの……ですか?」
「ああ。んじゃ、さっさと帰んな。ここに来た場所から、今さっきやったように、認識を合わせろ。膜の外側に出るイメージだ。自分が立っているのは此岸……生きた世界だってな」
そう言うと、女性は宝良たちに背を向けた。
「あ、あの!」
思わず、引き留めた。女性の鋭い眼光に射抜かれ、ぐっと言葉を詰まらせる。
「なんだ」
「えっと……名前……聞いてませんでした」
「御堂寿々世だ」
宝良たちが感謝を伝えると、寿々世は手をひらりと振って去って行った。
何者なのかはわからなかったが、助けてもらったのは確かだ。しっかりと、頭を下げた。
「……じゃあ、戻ろうか」
「……戻れるかなぁ…………」
自信ない、と弱音を吐く室井の丸くなった背を、宝良はばしっと叩いた。そのまま伸ばすように押すと、三人は小走りで駆けていった。
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