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のんびりとした空気が漂っていた。畑が続いていて、時より風に乗って土のにおいが濃くなる。ビニールハウスの前には、いちごの絵が描かれた看板が立っていて、長閑な雰囲気だ。
カアカア――電柱の上で、カラスが鳴いた。カァ、カァ、カァと、何かを訴えるように。
けれど、カラスの言葉は人間には理解できない。下を通り過ぎながら、宝良は重い口を開いた。
「村崎さん。本当に病院行かなくていいのか?」
前を歩いていた村崎が振り返る。変わらず、眉間に皺を寄せている。
「別に平気。トラックとぶつかったわけじゃないし。驚いて転んだだけ。ケガもかすり傷程度だし」
「そう思い込んでるだけかもしれないぞ? ちゃんと検査してもらった方がいいんじゃないか?」
「うるさいハゲ。平気って言ってるでしょ」
「だからハゲてねーだろ!」
室井と村崎が、先ほどと同じやり取りをする。少しだけ安堵した宝良は、ほうと僅かに気を緩めた。
結局、スーパーでは何も買うことができなかった。
幸い、大きなケガをした者はおらず、店の被害だけで済んだ。数日は休業することになるだろう。
ただ、問題は――あの小型トラックの持ち主が誰なのかわからないことだ。あの場にいた誰のものでもなく、そもそもナンバープレートがついていないので確認すら取れない。目撃者も、気づいたらトラックが店に向かって走っていた、という証言のみで、いつどこにあったのかもわからなかった。
あまりにも不気味だ――。
「……こりゃ、呪いかもしんねーなぁ」
室井が戯けたように、手をぷらぷらと振った。
宝良は眉をひそめる。
「呪い?」
「ああ……お前は来たばかりだから知らねーと思うが、実は、この辺に首塚があるって話があるんだ」
「首塚……昔戦場だった……とか?」
「いや……そういった記録は残ってない。町の資料館にも首塚があるなんて、そんな記載はないな」
「……どういう意味だ?」
「あくまでウワサ。何かの儀式だとか、生贄だとか……。首だけになった者たちの怨念が渦巻いてるんだと……。どこから出たウワサなのかもわからんけどな」
「……それは…………」
「言いたいことはわかる。突拍子もないだろ? でも、この町ではわりと不思議なことが起こるんだ。説明のしようがない何かが……」
「バカバカしい」
ぴしゃり、村崎が言い放つ。その声色は、怒っているようにも聞こえた。
「……村崎さんは、そういうの信じないタイプ?」
「別に。怨念とか呪いとか……だから何? って感じ。あったとしても、私に見えるものじゃないってだけ」
「つまんねーなぁ……梅ちゃんはよぉ……」
「あんたに面白いとか思われたくない」
またぴしゃり。鋭く室井を睨めつけると、その視線を外した。どこか、悲しげにも思えたのは一瞬。村崎は宝良を見上げた。
「ここまででいい。もう家に着くから」
「……本当に大丈夫か?」
「うん。送ってくれてありがとう」
「そうか……また明日な」
「……また」
村崎はぱたぱたと小走りで駆けていった。ケガの具合も、何ともないようで安心だ。
よかった、と宝良が呟くと、室井の視線を感じて顔を向けた。
「なんだ?」
「……お前、すげーな」
「すごい?」
「村崎があんな風に普通に話してるのがだよ」
「それの何がすごいんだ?」
「……あいつ、男子にはキツイんだよ。男が嫌いなのか何なのか……いっつも険しい顔してるんだよなぁ」
「そうなのか……?」
「ああ。十波にしか心開いてないというか……」
「十波?」
「村崎といつも一緒にいる子。めちゃくちゃ美人で綺麗で可愛い」
あんな子が彼女だったら――と、室井が妄想を繰り広げる中、宝良は村崎が走っていった方にそっと目を向けた。豆粒みたいな背中。もうあんなに遠くまで。ずいぶんと足が速いらしい。
――確かに、当たりがきつい子だったけれど。室井のあの態度が問題なのでは……? 喋り続けている室井に視線を戻すと、宝良はふうと溜め息を吐いた。
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