1.裏岸

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 のんびりとした空気が漂っていた。畑が続いていて、時より風に乗って土のにおいが濃くなる。ビニールハウスの前には、いちごの絵が描かれた看板が立っていて、長閑な雰囲気だ。  カアカア――電柱の上で、カラスが鳴いた。カァ、カァ、カァと、何かを訴えるように。  けれど、カラスの言葉は人間には理解できない。下を通り過ぎながら、宝良は重い口を開いた。 「村崎さん。本当に病院行かなくていいのか?」  前を歩いていた村崎が振り返る。変わらず、眉間に皺を寄せている。 「別に平気。トラックとぶつかったわけじゃないし。驚いて転んだだけ。ケガもかすり傷程度だし」 「そう思い込んでるだけかもしれないぞ? ちゃんと検査してもらった方がいいんじゃないか?」 「うるさいハゲ。平気って言ってるでしょ」 「だからハゲてねーだろ!」  室井と村崎が、先ほどと同じやり取りをする。少しだけ安堵した宝良は、ほうと僅かに気を緩めた。  結局、スーパーでは何も買うことができなかった。  幸い、大きなケガをした者はおらず、店の被害だけで済んだ。数日は休業することになるだろう。  ただ、問題は――あの小型トラックの持ち主が誰なのかわからないことだ。あの場にいた誰のものでもなく、そもそもナンバープレートがついていないので確認すら取れない。目撃者も、気づいたらトラックが店に向かって走っていた、という証言のみで、いつどこにあったのかもわからなかった。  あまりにも不気味だ――。 「……こりゃ、呪いかもしんねーなぁ」  室井が戯けたように、手をぷらぷらと振った。  宝良は眉をひそめる。 「呪い?」 「ああ……お前は来たばかりだから知らねーと思うが、実は、この辺に首塚があるって話があるんだ」 「首塚……昔戦場だった……とか?」 「いや……そういった記録は残ってない。町の資料館にも首塚があるなんて、そんな記載はないな」 「……どういう意味だ?」 「あくまでウワサ。何かの儀式だとか、生贄だとか……。首だけになった者たちの怨念が渦巻いてるんだと……。どこから出たウワサなのかもわからんけどな」 「……それは…………」 「言いたいことはわかる。突拍子もないだろ? でも、この町ではわりと不思議なことが起こるんだ。説明のしようがない何かが……」 「バカバカしい」  ぴしゃり、村崎が言い放つ。その声色は、怒っているようにも聞こえた。 「……村崎さんは、そういうの信じないタイプ?」 「別に。怨念とか呪いとか……だから何? って感じ。あったとしても、私に見えるものじゃないってだけ」 「つまんねーなぁ……梅ちゃんはよぉ……」 「あんたに面白いとか思われたくない」  またぴしゃり。鋭く室井を睨めつけると、その視線を外した。どこか、悲しげにも思えたのは一瞬。村崎は宝良を見上げた。 「ここまででいい。もう家に着くから」 「……本当に大丈夫か?」 「うん。送ってくれてありがとう」 「そうか……また明日な」 「……また」  村崎はぱたぱたと小走りで駆けていった。ケガの具合も、何ともないようで安心だ。  よかった、と宝良が呟くと、室井の視線を感じて顔を向けた。 「なんだ?」 「……お前、すげーな」 「すごい?」 「村崎があんな風に普通に話してるのがだよ」 「それの何がすごいんだ?」 「……あいつ、男子にはキツイんだよ。男が嫌いなのか何なのか……いっつも険しい顔してるんだよなぁ」 「そうなのか……?」 「ああ。十波にしか心開いてないというか……」 「十波?」 「村崎といつも一緒にいる子。めちゃくちゃ美人で綺麗で可愛い」  あんな子が彼女だったら――と、室井が妄想を繰り広げる中、宝良は村崎が走っていった方にそっと目を向けた。豆粒みたいな背中。もうあんなに遠くまで。ずいぶんと足が速いらしい。  ――確かに、当たりがきつい子だったけれど。室井のあの態度が問題なのでは……? 喋り続けている室井に視線を戻すと、宝良はふうと溜め息を吐いた。
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