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チン、と。電子レンジが温め終了を告げた。テレビを観ていた宝良は、立ち上がり、電子レンジからコンビニ弁当を取り出す。からあげ弁当――とんかつを作るつもりが、まさかコンビニ弁当で夕食を済ますことになるなんて。仕方ないことではあるけれど。宝良は苦笑すると、手を合わせた。
「いただきます」
ほかほかと湯気が昇るからあげをひと口。結構美味いものだと、もうひとつ口に放る。
野菜は少なめでバランスがいいとは言えないが、たまにはいいだろう。うんうんと頷きながら、野菜ジュースに手を伸ばす。
あっという間に平らげ、しばしの休息。時計に目をやると、午後八時。風呂の準備でもするかと、腰を上げた。
ブチン――――突然、テレビの電源が落ちた。リモコンに触ってしまっただろうか? 目を走らせるが、側にリモコンはない。そういえば、と棚に目を向けると、そこにリモコンはあった。誰も触れていないのに、と宝良が再びテレビの電源を入れようとした時だった。
ピンポーン……チャイムが鳴る。
こんな時間に誰だろう。宝良は玄関へと向かった。
ザリザリ――何かを引きずる音がして、一瞬足を止める。
ここはアパートの一階。住人の誰かが何かをしているのだろう。そう思いながら、宝良はドアスコープを覗いた。
誰もいなかった。変わった様子はなく、音の正体もわからない。
気のせいだろうか……ドアから離れようとした宝良の目に、何かが映り込んだ。
それは、異様なものとしか言えない何かだった。
人の形をした、真っ黒な影のような何か。人形のようにも思えたが、うねうねと、とても人形にはできない動きをしている。それが、一体、また一体……ドアの前を通り過ぎていく。
何だ、アレは――宝良はごくりと喉を鳴らした。
ザリザリ――また、あの音。右から左へ……通り過ぎていく何かの手に、鉄パイプが握られていた。それが地面を擦っていて、音の正体のようだ。鉄パイプを持った真っ黒な影がドアの前を通り過ぎ――後退する。顔のない頭が、こちらを向いた。
宝良は思わず飛び退いた。肩で息をして、心臓が血液を送る音が鼓膜を震わす。
今のは一体――?
いつの間にかテレビが点いていて、観ていたお笑い番組の笑い声が聞こえてくる。ぎゅ、と口を引き結んで、もう一度ドアスコープを覗いた。
そこには、何もいなかった。鉄パイプを引きずる音も聞こえてこない。
まるで、怖い夢でも見ていたかのようだ。宝良は、額にうっすら浮かんだ汗を拭った。
******
「仲村渠!」
翌朝、自分の席に座っていた宝良の目の前で、室井が青い顔をしながら机を叩いた。
「オレ、昨日やべーもん見たんだけど!!!」
真剣な顔で見つめてくる室井に、宝良は口を開いたが、どくりと熱を持った血に邪魔され言葉を紡ぐことができなかった。
昨日やべーもん見た――それは、もしかして。
ふう、と宝良はひと呼吸置く。
「……もしかして、黒いうねうねした……?」
「お、お前も!? お前も見たんだな!?」
室井うっせーぞー、とクラスの女子が眉を寄せた。
宝良は立ち上がると、室井の腕を掴んで廊下に出る。窓際の壁に体を預け、声のトーンを落としながら言葉を発した。
「夜、家の前にいたのを見た。鉄パイプを引きずるやつもいた」
「ま、マジ…………? オレ、寝てて……物音がしたから目を開けたんだ。そしたら、目の前……天井を黒い何かが横切ったんだ……」
「天井って……浮いてたのか……?」
「ああ……くすくす笑う声も聞こえて…………思わず叫んじまって。姉ちゃんにうるせぇって怒鳴られて……そしたらいなくなってた」
室井の青い顔がさらに青くなっていく。
「室井は今まで、そういう経験したことは?」
「ねーよ! 昨日呪いがどうとか言ったからだぁ~……」
室井は頭を抱えて項垂れた。
宝良もあのようなものは見たことはない。宝良と室井。昨日の、誰も乗っていなかった小型トラックを思い出す――何か、関係があるのだろうか。
考えていると、視界の隅に人影が見えて顔を向けた。
下を向きながら、村崎が歩いて来ていた。村崎の顔色も悪い。
もしかして。
「村崎さん」
「あ……」
「おはよう」
「……おはよう」
「あのさ、ちょっといい?」
村崎は少しの間の後、ゆっくりと頷いた。
宝良と室井に起きた事を説明していると、村崎は驚きと恐怖が混ざったような顔に変わっていった。自分も似たようなものを見たと言うと、何か考え込むように、村崎は口元に手を当てる。
「……もしかしたら、違うかもしれないけど…………ちょっと、心当たりがある……かも」
「心当たり!? 村崎、それ本当か!? どういうことだ!?」
室井が村崎の肩を掴んで揺らす。村崎は、そんな室井に遠慮なく蹴りを入れると、胸元のりぼんを正す。
「確かじゃない。でも、気になるなら放課後付き合って」
宝良はこくりと頷いた。
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