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この枯葉色の髪がブロンドだったら。
この淡いサフラン色の瞳が翡翠色だったら。
せめて、このどちらかが願う色になっていたら、父は自分を少しは愛してくれたのでしょうか。
病床に伏すティーナは、ここには居ない父親に何十回も何百回も問いかけてみる。当然答えは返ってくることはない。
けれども開け放たれた窓からは、答えの代わりに楽し気な声が聞こえてくる。
窓辺に立たなくても声の主が誰なのかわかる。
父親であるジニアスと、ある日突然妹となったシャシェだ。
二人は降り注ぐ午後の日差しの中、薔薇のアーチが美しい庭で仲良くお茶を飲んでいるのだろう。もう一人の娘が、殺風景な部屋で病に苦しんでいるというのに。
ティーナの枯葉色の髪とサフラン色の瞳は、亡き母親から譲り受けたもの。父親であるジニアスとは悲しいほど似ていない。
政略結婚で結ばれた両親の間には愛情は無かった。
加えて夫は血統主義者であり、血の繋がりは容姿のみと決めつけていた。そのため自分に似ていない子供を見て、夫は当たり前のように妻の不貞行為を疑った。
罪人扱いされた妻は、必死に違うと訴えた。しかしその声は夫の元には届かず、ほどなくして流行り病で命を落とした。
そんな出自であるティーナが18年もの間、父親に愛されなかったのは致し方無いのかもしれない。
だが事実無根である上に、冷遇される環境においてもティーナは父親を恨むことはせず愛していたし、愛情を求めていた。
だから少しでも認めて欲しくて、礼儀作法はもちろんのこと語学や経済学も熱心に学び優秀な成績を修めた。
「……でも、全然駄目だったわ」
独り呟くティーナは、薄く笑いながらベッドから身を起こす。たったこれだけで息が切れるし、乾いた咳が止まらない。
今朝、部屋に入って来た見知らぬメイドは窓を開けてこちらの顔を見るなり掃除すらすることなく去っていった。
相変わらず窓の外からは、弾んだ声が聞こえてくる。
夏の始めの青空の下、キラキラと輝く金色の髪と翡翠色の瞳を持つ二人の姿は幸せそのもので、きっと使用人もつられて笑みを浮かべているのだろう。
ティーナが失意のどん底に突き落されたのは、半年前の王城の夜会だった。
大勢の招待客で賑わう中、他人よりも他人行儀に距離を置く父親の姿を追っていたその時、彼女ーーシャシェは現れた。地方貴族の青年にエスコートされて。
「初めまして、お父様」
波打つ金の髪と翡翠色の瞳を持つ女性が言ったその言葉は、誰に向けてのものなのか会場にいた全員が瞬時にわかった。
お父様と呼ばれたジニアスは一度シャシェと視線を交わしただけなのに、彼女を屋敷に迎え入れた。
それからシャシェは、あっという間にティーナのものを奪っていった。
名門貴族カリナ家の娘という立ち位置も、思い出が詰まった部屋も、父親の愛情も彼女は手中に収め、ティーナを【ニセモノ】として扱った。
使用人は、屋敷の変化に敏感だ。そして賢い。
ジニアスがシャシェの言動に対して咎めることをしなければ、それは容認したこととされ、ごく自然に使用人はティーナをニセモノとして扱うようになった。
ニセモノは屋敷にとって、不要なもの。害をなすもの。仕える価値のないもの。
その結果、ティーナは満足に治療を受けられないまま、一人寂しく死を迎えようとしていた。
ティーナにはもう、窓を閉める体力も気力も残っていなかった。
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