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ティーナに続きを促されたカルオットは、再び語り出す。
「その人を婚約者に選んだのは、至極単純な理由だった。家柄が釣り合い、年齢が釣り合い、容姿が自分好みだった。それだけだ……だが、それだけのことなのに気づけば彼女に夢中になっていた」
「……お綺麗な方だったんですね」
「そうだな。当の本人はその容姿に劣等感を抱いていたようだが、彼女の髪と瞳は陽を浴びた温かい色彩で、冷たい印象を持たれる私には眩しいほど美しかった。これも彼女の前では一度も言えなかったことだ。伝えてやれば、少しは彼女は嬉しそうにしてくれただろうか」
「きっと喜んでくれたと思いますわ」
「どうだろうな……彼女は私と会ってもいつもニコリともしないし、会話も途切れがちで、実は私は彼女のことを何も知らなかった。きっと私には本当の自分を見せたくなかったんだろう」
「それはさすがに殿下の思い込みではないでしょうか?」
「そう思いたい。そう思って良いのか?」
「さ、さぁ」
急に顔が近づき、ティーナは慌てて身を引く。
「すまない」
「い、いえ」
謝罪をするカルオットは少し傷ついた顔をしていたが、再び語りだした。
「彼女の育った環境は、お世辞にも良いとは言えなかった。特に突然妹らしき人物が現れた途端、彼女はニセモノと呼ばれるようになった」
「え?」
「馬鹿馬鹿しい話だ。噂など気にせずにさっさと私のもとに嫁いでくれば良かったのに。そうすれば彼女の言うホンモノになれたというのに。……彼女は私を拒み冷遇される屋敷にとどまることを選んだ。実に愚かなことだ」
その時のことを思い出しているのだろう。カルオットは憤慨した様子で腕を組む。対してティーナは、口元に手を当て浅い呼吸を繰り返す。
ピッタリと自分の境遇と一致しているが、彼が語っている人物は一体誰なのだろう。
まさかとは思う。彼もまた時間を遡った者など信じられるわけがない。
でも、今日の一連の出来事を思い返してみると、恐ろしいほど辻褄が合う。
「話は続きがあるんだ。聞いてくれるか?ま、語らせたのはそなたなのだから、最後まで聞いてくれるよな」
「……は、はい」
有無を言わせない口調に、ティーナがぎこちなく頷けばカルオットは満足そうに笑った。
「突然の婚約破棄に正直、私も腹を立てた。拗ねていたという方が正しいかもしれないが、とにかく彼女と距離を置いて王政に没頭していた。しかし、嫌な予感がして密偵を彼女の屋敷に送り込んだ。彼女が死にかけていると聞いて慌ててそこに行けば、冷たくなった彼女がそこにいた」
「……っ」
「あんなに後悔したのは初めてだ。なぜ無理矢理にでも彼女を自分の元に呼び寄せなかったのだろうと……どうして一度も好きだと伝えなかったのだろうと。時間が無限にあるとどうして錯覚していたのだろうと……彼女の亡骸を抱きしめながら酷く自分を責めた」
「でも、殿下は何も悪いことなど」
「していないって言いたいのか?どうして見殺しにしたのかと責めてはくれないのか?」
「……っ」
肩を掴まれ、真剣なカルオットの顔が間近に迫る。
「どうして父親ではなく、私に助けてと言ってくれなかったんだ?そんなに私は頼りにならないのか?それほど私を嫌っていたのか?どうして私の元ではなく死を選んだんだ?」
矢継ぎ早に問われ、ティーナの頭は真っ白になる。
「わ……わたくしは……」
「すまない」
なんとか言葉を紡ごうとした途端、カルオットは項垂れた。彼の柔らかい銀髪が肩に触れ、更に混乱する。
もう確認する必要などない。カルオットは自分と同じように時を遡って、ここにいるのだ。
でも、どうやって?どうして彼が選ばれたのだろう。
その疑問はカルオットの次の言葉でわかった。
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