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「そなたが死んで、自暴自棄になっていっそ自分も死のうかと思った。愛する人がいない世界で生きていても仕方がないと」
「そんなっ」
最悪な選択を口にされ、ティーナは血の気が引く。
なのにカルオットはここで顔を上げて笑った。イタズラが成功した子供のように。
「だが、そう思ったのは一瞬で、私は時を巻き戻すことにした。本当だったら今日の夜会での事は5分で解決できる案件だったからな」
「は……い?」
想像もしていなかったその言葉に、ティーナは間抜けは声を出してしまった。
「信じられないって顔をしているな」
「はい」
「できるわけがないと思っているようだな」
「はい」
「だが現実として、そなたはここにいて、私の話を聞いている」
「はい」
「実際そなたがニセモノと呼ばれるようになったこの事件、5分で解決できただろう?」
「はい」
「でも、やはり信じられないと思っているのか?」
「はい」
「どれもこれも被せ気味に返事をするのは、どうかと思うぞ」
「……失礼しました」
素直に謝れば、カルオットはガシガシと頭をかいた。
こんな仕草、見たことが無い。新鮮さに、ついときめきそうになる自分を抑えつつティーナは、「どうやってですか?」と勇気を出して問うてみる。
「竜神の祝福を受けた王族の直系は、一度だけどんな願いも叶えてくれる魔法を授かっている。それを使った」
「……初耳です」
「だろうな。この国の最たる秘密だから、知る者は限られている」
「わたくしが知っても良かったのでしょうか?」
「私は、妻になる女性には隠し事はしないと決めているから問題ない」
無自覚に愛の告白を受けたティーナは、みるみるうちに顔が赤くなってしまった。
「今の説明で納得できたか?この際だから知りたいことはーー……顔が赤いが大丈夫か?」
心配そうに頬に手を伸ばすカルオットをやんわりと避けたティーナは「ちょっとお待ちを」と片手で待ったをかけて何度も深呼吸をする。
夜風が心地よい。頬に集まった熱がゆっくりと飛散していく。
水面に揺れるキャンドルの明かりが綺麗で、風にのって漂う花の香りが濃厚で酔うほどだ。
ああ、そっか。自分は生きているのだ。
怒涛の展開で、思考が追いついていなかったけれど、ようやっとそれを実感した。同時に考えなければならないことが湧き水のように溢れてくる。
母親を罪人扱いした父親への処罰。不貞行為の末に出来た子供……シャシェの対処。
世間の笑いものになる家門をどうやって立て直すか。
でもティーナが一番最初に選んだのはーーカルオットが知らない真実を伝えることだった。
「殿下、一つ訂正させていただきたいことがあるのです」
「なんだ?」
姿勢を正したティーナに、カルオットも同じように背筋を伸ばす。
「婚約を破棄したのはわたくしの意思ではございません。そしてわたくしは殿下が一方的に婚約を破棄したと伝えられました」
「そんなわけあるかっ」
「ええ。わたくしも同じ気持ちです。まんまと騙されてしまいましたね。一度目の生は、お互いに」
「悔しいが、認めざるを得ないな」
「でも、今わたくし達は二度目の生を生きてます」
「そうだな」
悲しみにくれたまま死んだ記憶は消すことはできない。
でも、二度目の生は同じ過ちを繰り返したくはない。
だからティーナは勇気を出して、死に際に願ったことを口にした。
「あの……殿下にお願いがあります」
「何でも言ってくれ」
「これからは、殿下のことを……名前で呼んでも良いですか?」
「当然だ」
「あと…」
「何だ?」
「手をつないでもいいですか?」
再び真っ赤になったティーナは、手袋を脱ぎ捨て震える手をカルオットに差し出す。彼もごく自然に手袋を外した。
「もちろんだ」
自分の小さな手の平が、彼の大きな手の平に包まれる。次いで、ゆっくりと指が一本ずつ絡み合う。
指先から伝わる温もりにジンと心が痺れていく。
「ねえ、カルオット」
「なんだ、ティーナ」
ぞくりとするほど甘い声は、二度目の生が始まった瞬間に「目を覚ませ」と囁かれたそれと全く同じものだった。
そっか。そうだったのだ。
この奇跡は竜神の魔法と説明を受けても納得できなかったけれど、今、ストンと胸に落ちた。
「わたくしあなたのこと、ずっと好きでした」
カルオットの手をぎゅっと握って想いを伝えれば、同じ答えを彼は自分に返してくれた。
◆◇◆◇おわり◇◆◇◆
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