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「ーーふふっ、こんな惨めな死を迎えるなら、我慢なんかしなければ良かった」
澄んだ空を見つめて、ティーナは寂しげに笑った。すべてを諦めたような疲れ切った笑みでもあった。
これまでずっと自慢の娘になれるよう、たくさんのことをティーナは我慢してきた。
難解な経済書ではなく、胸をときめかせる恋愛小説を読みたかった。
退屈な古典歌劇ではなく、気楽に楽しめる大衆喜劇を観てみたかった。
息苦しい典型的なドレスではなく、流行りのドレスを着てみたかった。
父親に「思い込みで母親を傷付けた最低男!」と罵ってやりたかった。
ニセモノという噂を信じてあっさり婚約を破棄した婚約者をぶん殴ってやればよかった。……いえ、その前にはしたない気持ちが邪魔して、一度も気持ちを伝えられなかった自分が悔しい。
本当はあの人に、好きと言いたかった。
差し出されるあの大きな手にそっと自分の手を乗せるのではなく、ちゃんと指を絡ませて恋人のように手を繋いでみたかった。敬称ではなく、彼の名前を呼んでみたかった。
そんな数え出したらキリがない心残りは、全部父親に愛されるために捨てなければならない代償だと思っていた。
けれど我慢も努力もしないで、切望したそれらをあっさり手に入れた者がいるという事実に再びベッドに倒れたティーナは、笑いながら泣いた。
そして幾つもの涙の筋が頬に落ちた頃、ひっそりとティーナは息を引き取った。
18歳という早すぎる死であり、名門貴族の令嬢にしてはあまりに寂しい末路だった。
そうしてティーナは神の御許へと還るーーはずだったのだが、なぜか再び目を覚ます。
時を遡ること半年。あの王城の夜会にて。
***
『さぁ、ティーナ。目を覚ましてごらん』
蕩けるほど柔らかな口調はまるで魔法のようで、ティーナはパチリと目を開けた。
ただ目を開けた途端、信じられない光景が映り込み、我が目を疑った。
これは夢?それとも現実??
ティーナは賑わう会場を見渡しながら首を傾げる。きつく絞ったコルセットが苦しい。
自分は死んだはずだ。誰にも看取られることなく孤独に息絶えたはずだ。なのに今、淑女の教本に出てくるようなドレスを着て、会場の隅に立っている。
しかも身にまとっているドレスも、この会場も見覚えがあった。
あの日ーー自分がニセモノと呼ばれるようになってしまった、シャシェが現れた王城の夜会だ。
「つまり……時間が巻き戻ったって……こと??」
口に出した途端、ティーナは壁に背を預け額を押さえた。
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