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時間が戻った現実に、そんな馬鹿なあり得ないと思う反面、可能性としてはそれしかない。ただなぜ、よりにもよって今日なのだろうか。
神様は二度も自分に苦しめと言っているのだろうか。あんな惨めな思いは一度だけで十分だ。
「どうかしたのか?」
片手で顔を覆って状況を把握しようと努めていれば、聞き覚えのある声が降って来た。
ゆるゆると顔を上げれば、声の主は自分の婚約者である第三王子カルオットだった。自分を見下ろす2つ年上の彼は、明らかに訝しそうである。
「どうもしませんわ……失礼しました」
ほんの少し前、彼に好きだと言いたかったと悔いたが、本人を目の前にするとぎこちない態度を取ってしまう自分が情けない。
しかし良く言えば冷静沈着。言葉を選ばなければ、いつだってニコリともしない彼は感情が読めず、どんな言葉をかけて良いのかわからない。
何より銀色の髪にアイスブルーの瞳。スラリとした長身の彼は眉目秀麗で、隣に並ぶのが自分であることに劣等感を抱いてしまっているのが最大の原因だ。
そんな幾つかの理由でティーナは、カルオットとろくに目を合わすことすらできないのだ。
「そうか。なら別に構わないが……構わないのだが……まぁ……」
普段ならそっけない自分の元から去っていくはずの婚約者が今日に限って、歯切れ悪くブツブツと呟きながらずっと傍にいる。
「恐れながら殿下、こちらにずっといらっしゃるのですか?」
遠回しにあいさつ回りは良いのか?と問えば、カルオットは「ああ……まぁ、別に」と、また歯切れの悪い返事をする。しかし一向にここから離れる気配は無い。
不本意ながら第三王子の隣に立つ以上、壁に持たれたままでは無作法だとティーナは姿勢を正す。と、その時、会場の入口でざわめきが起こった。
おそらく、彼女が姿を現したのだろう。
「殿下、失礼します」
時間が巻き戻った今、この後どうなるのかわかってはいるが、みっともないほど手足は震えるし声も掠れている。
しかし、逃げるわけにはいかない。なぜなら、逃げたところでティーナには行く当てなど無いからだ。
愛されなかった娘には、自由になる金もコネもない。劣等感が邪魔して友と呼べる人も作れなかったのだから、病死するか野垂れ死にするかのどちらかだ。
だからティーナは、シャシェのところに向かうことを選んだーー己の運命を変えるために。
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