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ドレスの裾を掴んで人混みを搔き分け、会場入口まで歩を進める。
「待て」と言いながらカルオットが一定の距離を保って後を付けてくることが謎だが、今はそれどころじゃない。
王族を無視することは大罪だが、気にしないようにする。それに彼は自分を捨てた男だ。振り返ってあげる義理は無い。
「失礼、通してくださいませ……失礼、失礼ーーーっ!?」
強引に手で人を押しのけ、人混みの先頭に立てば、そこには記憶通りのシャシェがいた。
田舎貴族丸出しの野暮ったい夜会服に身を包んだ青年の隣に立つ彼女は、確かに美しかった。
波打つ金色の髪を敢えて下ろし、翡翠色の瞳を目立たせるようオフホワイトのドレスに身を包んで薄く化粧した口元は完璧な弧を描いている。
そしてその唇は、かつての時と同じ言葉を紡いだ。
「はじめまして、お父様」
翡翠色の瞳は、真っすぐ父であるジニアスを見つめている。
対してジニアスも、食い入るようにシャシェを見つめている。
翡翠色の瞳を持つ者同士でしかわからない何かを感じ取っているようで、ティーナは強い疎外感を覚えた。
一度目は、突然現れた彼女に怯え父親に救いを求めた。その結果、父親はティーナではなくシャシェの手を取った。
でも二度目は、違う。
怯えることなんてしない。誰かに救いを求めるような愚かなこともしない。
運命は自分の力で変えてみせる。
そう決心したティーナは、ゆっくりと一歩前に出た。
「お父様と仰いましたが……あなた、どなた?」
感情を消して問いかければ、シャシェの視線はこちらに向く。しかし口を開いたのは彼女ではなく、隣に立つ男だった。
「こちらの令嬢は、シャシェ・カリナ嬢でございます」
低く良く通る声で言い切った男にティーナは、不思議そうな顔をした。
「あら、わたくしの家門にシャシェと言う名の者はおりませんわ」
夏に雪は降りませんわと同じニュアンスで微笑んだ途端、シャシェと男は小馬鹿にしたように笑い返した。
「確かにこれまではそうだったかもしれません。ですが、シャシェ様は紛れもなくカリナ家のご令嬢です。その証拠にーーまぁ、口で言うよりこの容姿を見ていただければ」
「ところであなたは、どなた?名前も名乗らずに好き勝手しゃべっていますが、ガチョウとでもお呼びすれば良いのかしら?それとも躾のなっていない子犬ちゃんなのかしら?」
「なっ」
自信満々に語っていた男は、己の発言を邪魔されるなど、欠片も思っていなかったのだろう。露骨に顔を顰めた。
しかしティーナは、涼し気な顔でもう一度「どなた?」と問いを重ねる。
ここは王城の夜会だ。そしてティーナは、名門貴族の令嬢であり、第三王子の婚約者。
今、名を告げずに好き勝手に話ができるのは、王族とティーナの父親だけである。
つまりティーナは、見ず知らずの男に対して暗に立場を弁えろと忠告したのだ。
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