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田舎貴族の青年は二度目の質問に対して、わざとらしい咳払いをしてから口を開いた。
「恐れながら私は名乗るほどの者ではございません」
「あら?名乗る名が無い割には、随分なことを仰っていたような気がしますけど?」
「そ……それは」
食い気味にティーナが尋ねれば、男はあからさまに狼狽えた。シャシェも、ティーナがしゃしゃり出てくるとは思っていなかったのだろう。あからさまに迷惑顔をしている。
ただシャシェは、王城に乗り込んでくるほど図太い神経の持ち主だ。すぐさま思考を切り替え、同じ瞳の持ち主に救いの目を向けた。
「ティーナ、いい加減にしなさい。弁えなければならないのはお前の方だ」
憎々し気にそう言い捨てた父親を見て、ティーナは苦く笑う。
一度目の生では、あれほど救いの眼差しを向けたのに一度も手を差し伸べてくれなかったというのに、目が同じ色であればチラ見程度で簡単に助け舟を出すのか。
改めて自分の父親が容姿に固執する性格だと知り、ティーナは「ああ、そうか」と深く納得する。
あと、疑ってはいけないと自分を戒めてはいたが、シャシェに対して確固たる何かを持っている父親は、間違いなく妻がいながら、他の女と子供ができるような真似をしてくれたのだろう。
ちなみにシャシェは、ティーナより数ヶ月年下である。
とどのつまり、父親は妻が妊娠中でありながら他の女のところに通っていたということ。
よくもまぁ、どの面下げて母親の不貞行為を疑ってくれたものだ。自分のことは棚に上げて、くっそ最低な父親だ。
ティーナは、一度目の生では一度も口にしたことが無い悪態をつきながら、父親を睨む。
しかし「あんたのしたこと全部わかっているぞ」という視線を受けてもジニアスは挙動不審になることも、バツが悪い顔をするわけではない。
「ティーナ、今すぐ下がれ」
下人に向けるような口調でそう言われて、ティーナは悔しさからぐっと唇を噛む。
貴族令嬢にとって父親は神に等しい存在だ。命じられれば、否とは言えない。
しかもこれまで自慢の娘でありたいと努力してきたティーナは、骨の髄まで貴族思考が身に付いてしまっている。
「二度、言わせる気か?」
苛立ちを孕んだ父親の声は、完璧にティーナを邪魔者扱いしている。
そこで気づいてしまった。これは父親が自ら考えた茶番だということを。
華やかな王城での夜会で、己の容姿を受け継ぐ生き別れの娘との感動の再会。
美しさはそれだけで武器となる。きっと父親の予定では、見目麗しい親子が涙を流して手と手を取れば、周囲の人間は認めざるを得ないと考えたのだろう。
実際、一度目の夜会ではそうして父親はシャシェを自宅に連れ帰った。
けれども、未来を知っているからこそティーナは引き下がることはできない。
「……お父様」
「黙れ。下がれと言っているのがわからないのか。まったく……なっ!」
忌々しいと言いたげに眉間に皺を寄せていたジニアスだが、突然信じられないものを見るかのように目を見張った。
と、同時にティーナの肩に大きな手が乗った。
「お前が、黙れ」
吹雪より凍てつく声でそう言ったのは、ティーナの婚約者であるカルオットだった。
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