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彼の温もりを感じるなど一度目の生では、願うことはあっても叶うことは無かった。なのにこんな状況でそれが叶ってしまう現実に、ティーナは皮肉だなと冷静に思う。
ただ今目の前で起きている出来事には、皮肉を通り越して本気で夢かと疑ってしまう。
だってあのカルオットが、どこまでも自分の味方でいてくれるのだから。
「ほう、ならお前は妻が身重の時に、他所で子供をこしらえたということになるな」
「そ……それは」
言いたかった言葉がカルオットの口から紡がれた途端、ここでジニアスはようやっと狼狽えた。
「今更口に出すのも馬鹿馬鹿しいが、この国は一夫一婦制だ。お前がシャシェという娘が実の娘だと主張するなら、お前はどこの国の人間なんだ?少なくとも、この国ではないはずだ」
「……ですか……その……」
「まさか人の上に立つ貴族の人間が、違法行為に目をつぶれと主張しているのか?それとも妻にはなんの根拠も無い思い込みで不貞行為を疑うのは許され、男は勝手気ままに妻以外の女と子供を作っても許されると思っているのか?」
「そんな……そんな滅相もない」
首を横に振るジニアスだが、なぜ自分だけがという顔をしている。
確かに、この国は一夫一婦制だ。神の祝福を受けた二人は、生涯互いを愛し抜くことを誓い合う。
だがしかし、政略結婚で結ばれた夫婦が結婚後に恋愛を楽しむことは、珍しくは無い。その結果、子供ができる場合だってある。
でも公に罰せられることは、これまで一度もなかった。よくある貴族のゴシップとして処理されてきた。
しかし法で定められている以上、大声で不服だと訴えるわけにもいかない。
今ここでジニアスは、二択を迫られていた。
一つは、この場でシャシェを娘ではないと宣言し、それなりの断罪を下すこと。
もう一つは、自らが姦通罪を犯したことを認め当主の座をティーナに譲ること。
どちらもジニアスにとって身を引き裂かれるような選択だ。
「では、カリナ卿。今日は特別に、お前にこの件を一任しよう。夜会の最中だ、さっさと決めてくれ」
無情にもカルオットは、ジニアスに決断を急かす。
「で、では……」
「お父様!わたくしを見捨てないでくださいませっ」
家門と愛娘との未来を天秤にかけたジニアスがゴクリと唾を飲んだ瞬間、シャシェは悲痛な声を上げた。
「愛しているとおっしゃったではないですか!これからはずっと一緒だとっ。贅沢な生活をさせてやるって。だから私、お母様を捨ててここまで来たんですよ!?」
一度目の生でも見ることができなかった必死な形相のシャシェを見て、ティーナは父親が己の保身に走る決断をしたことを確信した。
「殿下、シャシェと名乗ったこの小娘は、カリナ家の血を引くものではございません。そしてわたくしは、亡き妻を愛しております。妻以外の女性と過ちを犯したことなど一度もございません」
どの口が言うか。
ティーナとシャシェは、同時にそんな視線をジニアスに向けた。
娘二人から軽蔑の眼差しを向けられた父親は、それでも我が身を守ろうと更に言葉を重ねる。
「見知らぬ娘から父親と呼ばれた私は、被害者でございます!これまで清廉潔白に生きてきた私がどうして……ああ、神よ。なぜこんな酷い試練を与えるのですかっ。私は妻だけを愛していたというのに」
わざとらしく膝を付き片手で顔を覆うジニアスに、カルオットは乾いた笑みをこぼした。
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