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薄ら笑いを浮かべたカルオットは、芝居がかった仕草で顎に手を当てた。
「そうか。なら、あの娘は厳しく罰せなければならないな」
「さ……さようです」
「お父様、酷いですわ!枯葉色の髪の娘なんて薄汚いって、サフラン色の瞳の人間が同じ屋敷にいるなど不快極まりないって言ったくせに!!私が一番だって!!跡を継がせてくれるって言ったのに!!嘘つき!!」
「黙れっ、お前など知らん!」
「なんですって!?言っておきますけど、お母様はお父様の下着を全部保管してますからね!あと酔っ払った時に忘れていった家紋入りの短剣だって家にあるんですからっ」
「知らん!この嘘つきめっ。平民のくせにふざけたことを言うな!極刑にされたいのか!?」
「なによっ、お父様こそ」
「私はお前の父親なんかじゃない!!」
最後の悪あがきとも言える聞くに堪えない不毛な言い争いが勃発し、招待客は唖然とする。
間違いなくこれはゴシップ誌に載るだろう。カリナ家が国中の笑いものになる未来を想像し、誰よりも先に笑ってみる。だってもう、笑うしかないじゃないか。
そんな気持ちから貴族令嬢らしくティーナが困ったように微笑んでみせれば、周囲の招待客も苦笑し始めた。
でも、カルオットだけは無表情で懐中時計を取り出し、何故か時刻を確認する。
「おっと、5分経ったな。では終わりにしよう」
まるで試験中の教師のようなセリフを吐いたかと思えば、カルオットは片手を上げて衛兵を呼びつけた。
「夜会の邪魔だ。その男と小娘を牢に入れておけーーあと、カリナ卿。お前にはもう少し詳しく話を聞きたいから、別室に移動してもらう。夜会が終わるまでそこで控えてくれ」
「お、お待ちを!私は……被害者でございます!疑わしいことなど」
「疑わしいことなど無いなら黙って待っていろ」
「……」
青ざめるジニアスを一瞥したカルオットは、顎で衛兵たちに指示を出す。
そうしてジニアスとシャシェと謎の男は、衛兵たちの手によってあっという間に会場から姿を消した。
***
パタンと会場の扉が締まったと同時に、国王陛下並びに第一王子と第二王子が登場したため、招待客はメイン会場へと移動した。
ただティーナは、カルオットに引きずられるように会場を後にした。
「ーー寒くはないか?」
庭園に到着したカルオットは、ティーナの腕から手を離すと向き合ってそう尋ねた。
「いいえ、大丈夫です」
「……そうか」
寒いと言えば、上着を貸してくれる気だったのだろうか。
これまで一度も彼の優しさに触れたことがないティーナは、ふとそんなことを思う。でも、寒いと言う勇気はない。
「なら少し歩こう。いいか?」
「はい、かしこまりました」
素直に頷けばカルオットは、半歩前を歩き出す。
歩調に合わせて微かに揺れる彼の手はあまりに無防備で、今なら自分からその手に触れても咎められないのではないかとすら思えてしまう。
しかし一度目の生で受けた一方的な婚約破棄は、未だに心の傷となって痛みを訴えている。
きっと今日、自分を助けてくれたのは、ただの気まぐれだったのだろう。
もしかしたらカルオットは自分がニセモノ扱いされなくても近い将来、婚約を破棄する予定だったのかもしれない。
だからキズモノになる相手に、ほんの少しだけ優しさを与えてくれただけかもしれない。
自惚れて真実を見失うのは怖い。悪いように考えるのは得意な方だ。
でも理由はなんであれ助けられたことは事実で、それが素直に嬉しい。
「殿下、ありがとうございました」
「……いや」
そっけなく返事をするカルオットは、心なしか歩調が早くなった。
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